7/19 夏山計画がドミノ的に倒れていく。7月に入って、明後日からの連休も入れれば、3回も、雨もしくは、それに近い天候(予報)である。8月に入ってからの3連休を、東北の山にと思っていたが、それを盆休に繋ぎ合わせた5連休に移そうかと思い始めている。

 そして、先の3連休は、やはり北アの山に入りたい。それは、あそこもこちらもとなれば最高であるが、山に浸っているだけでもいい。ちょっとでも残雪のある頃が、何となく気分も良いし北アの味を楽しめる。

 恒例の好山病キャンプ山行はどうなるのだろう? 昨年は、あの凄い台風予告の最中に出掛けたのであるが、どんな形でも実行出来ないものかと模索してみたい。でも、のほほんと生活をしているのは私(達)だけで、他のメンバーは、いろいろと事情があるようだ。



7/18 梅雨明けが、いつになるかも分からず憂鬱な日が続く。冷夏のようでも、ようやく気温が上がりそうな予報なれど、湿度も高く快適とは程遠い。いい加減に傘マークがなくなって欲しいと思うのは私だけではあるまい。

 恒例の白馬岳行きを、今度の連休(7/21.7/22) に目論んでいたが俄然怪しくなって来た。白馬岳へは過去19回。平成18年からは、一度大雪渓経由、それから、白馬大池キャンプを除いて、蓮華温泉からの日帰り登山が続いている。昨年は、その他に、朝日岳・雪倉岳経由もあったが・・・

 特別7月下旬に拘らなくても良いのであるが、やっぱりお花を見ながらも一つの楽しみであるから、ちょっと残念という事になる。8月は別の企画を考えている事もあるし、孫達が夏休みに入ると、逆に出入りの制限が出て来る。何もかもが上手くいく事など本当に少ない。



7/17 「元さんの山歩き」 を宣伝している割には、更新を疎かにしている。当欄はまだしも、紀行文などは、だんだんと遅れていく。「後から・・」 「その内に・・」 などと誤魔化していたら、一年半程前には、バックアップしていなかった5年分程のデーターを失ってしまい後の祭りとなった。

 「山ノ神コーナーはどうしたんだね?」 なども、山中でお会いする方々から問われる事がある。なかなか、それ以上の事は述べる事は出来ない。同じような事ではつまらないだろうし、「品を落としてまで記する事もなかろう。」 が今の考えである。 もう山の情報としての役目はなくなったし、これから、どのような生き残り方? かを考えなくてはいけないのかもしれない。

 もっともっと、元気で山に登り続けると言いながら、このロートルが何をしでかすのかとなってしまうが、生きている限り輝いていたいし、認められていたいものである。それが例え自己満足の域であっても、他人様に迷惑さえ掛けなければと思っている。

 それでも、時々であるが、山の友に限らず便りをしているのである。(メールやLINEも含めて・・) 中味はあまりないのであるが、「元気でやっているよ!」 ぐらいは届いていると思う。梅雨が長く冷夏の様相であるが、それでも、「今年は誰とお会い出来るのか?」 とか、「誰と一緒出来るのか?」 と楽しみの胸は膨らみ続けている。



7/16 平瀬道からの歩きは、抜きつ抜かれあう中に、中高年男女6名のパーティーがあった。揃いのユニホーム(Tシャツ)の袖に 「令和」 と記し、左胸に 「どうせ昭和生まれやけどな」 と施されていた。奇抜なようで、何かユーモラスを感じ撮らせてもらった。

 笑うのは一番。忘れるのは二番。怒ったら損。世の中、皆このようになれば、平和だし諍いもない。面白い事が出来なくとも、あるいはしなくとも、それに感銘し笑い転げておれば良い。そして、聞いてやれば良いのであるが、なかなか聞き上手にはなれない。何もかも忘れて(イヤな事は忘れる) いつも笑っていたい。シワが出来ても、ハリが出るよ!



7/15 眠い眼のまま、そっと家を出た。(午前3時) 砺波から雨になった。小雨程度であったが平瀬まで続いた。ボーッとしていたせいもあるが、雨の暗い道は、スピードを上げる事が出来なくなって来ている。それはそれで真っ当な道?である。しかし、以前の高速がない時代には、登山口まで2時間で行っていたのだから、どんな運転をしていたのだろうか?

 白水湖(平瀬側登山口)には、予想以上に結構な車が停まっていた。連休最終日だからか、それとも、私のように、もしかしたら、雨が止むのではないだろうかなどと思う輩が多くいたのかもしれない。結果的には雨具を纏わずスタートが出来てラッキーであった。このところ、くたびれた雨具のせいで、結構辛い目に遭っている。今回は、苦肉の策として、以前使っていて、処分仕切れていない雨具を、もう一つとしてザックに忍ばせていたのである。

 そんな事や、カンクラ雪渓対策に軽アイゼン、故障気味の重たい三脚など、またまた重い中味となっていた。でも、来週の為(白馬岳行)の訓練と思い込めば、そんなに苦にならない。「泊まりですか?」 と言われても、いつもそうだから笑い流すしかない。しかし、室堂まで楽々4時間と踏んでいたのに、お花の写真を撮ったりしていたものの、やっぱりここでも歳を感じてしまった。

 抜きつ抜かれつの歩きに、いつの間にか、三重の田中さん夫妻と、ずっと一緒させてもらった。温和な方々であったから、いつも無口の?私であったが、ちょっと喋り過ぎの感はあったものの、イヤな顔一つせず付き合って頂いた。その田中夫妻は、私と比べて二世代若いが、何処かで聞いたような ”好山病” に感染しておられるようで、当たり前と言えば当たり前で、私が着いて行くのにタジタジであった。

 室堂でコーヒータイムを付き合って頂いた。山頂へも一緒して頂いた。山頂で食事としたのであるが、何もかもが良いように動いたのであろうか、雲間から青空が覗いたのである。視界も時々であるものの、パーッと開けるし、雲海の雰囲気も漂わせてくれたのである。雨予想がこのように鳴るのであるから、山はやめられない。

 室堂に戻ったら、「元さ~ん」 と声を掛けて頂いた。福井の越ちゃんからであった。彼女は、3人パーティーで、下村さんと言われる大御所と、若く可愛い女性と一緒であった。それからであったが、LINEのやり取りをするのに、田中さんを含め、QRコード・ふるふる・IDなど、いろいろな方法で模索するのであるが、なかなか思うようにならず、福井方の若い女性に力?を借りたのであった。山の中で、大の大人が、それも老人が加わって、おかしな光景であったのは間違いないであろう。



7/14 分かんないお天気だけれど行くしかない。(白山) 降られたら降られただ! でも、あまりテンションが上っていない。



7/12 月曜日(7/15)は、一番早い海の日。例年海の日の連休は、私(達)の連休と重なるのだが、今年はそのようにならない。それでも、祝日の月曜日で誰かと一緒出来るのではと思っていたが、お天気もイマイチだし、誘いもしていないし、問い合わせもない。それどころか、「山ノ神」も用事を作って山にはいかない。それはそれで、解放された気がするから良いのであるが、この予報からして、何処へでもとはならない。

 そんなに酷い雨とはならないようだから、「白山」 にしようかと考えている。今の雨具では、ちょっと辛いが、花も楽しめるし、ある程度の距離もあるから。それよりも50回を目指すには、今年は2回ぐらい登っておかないと、なかなか詰まらない。 (現在38回) 時間制限もない事だし、ゆっくりと歩いて来ようと思っている。



7/11 続々と白木峰に出かけているらしい。今日のお天気でも、私の知るところでは、石川や福井からお越しのようである。「雨に遭わなかったか?」 と尋ねると、「風が酷かったが、雨には遭わなかった。」 と言っていた。車も混雑しているのであろう。中旬に林道工事があるようだから、しばらくは混雑が必死。お天気になるよう祈りますが・・・



7/10 時々は曇りマークはあるものの、ずっと傘マークが続いている。この頃の雨は、局地的に凄い事になるから注意が必要だが、今のところ、そんなに凄い雨に遭っていない。でも、私の雨具が酷いからすぐにびしょ濡れになる。何とか早く購入しなければと思っているがなかなかである。

 梅雨明けが遅いと言われる予報であるが、オセロのようにくるっと(コロッと) 変わる事がある。早くそうなってくれるのを望むのは私だけではあるまい。学校が夏休みになる頃には梅雨明けとなって欲しい。



7/9 疲れた。そんなのは当たり前なのに、その「疲れた!」 には、こんなハズでないのにが脳裏から離れないからであろう。実際、バランスが悪いし、走って降りる事は出来なくなった。岩や石な上に足をやると不安がいっぱいである。そして、その反対に転べばお終い (ケガすれば、山とお別れ・・) も重々承知している。

 それよりも、ちょっと座れば眠くなる。アルコールが入ればテキメンである。食事中も、PCの前でも、歯磨き中もであるから参る。山にも、アルコールにも負けるようになってしまった。白旗挙げずに必死に頑張っていてもダメなようである。 ”ハガヤシイ”



7/8 今回の山行実行日の前日に小谷村のリゾートホテルを予約した。高岡に戻ってまたという方法もあったが、それは男の言い分だろうし、食事の支度をしなくてもよいのもいいではないかとも思った。私は、山から戻った日などは、特別の要求はしないと決めている。(最も日頃からでも何が食べたいとも言っていない。) ヤッコとかカップ焼きそばでも良いと言っている。でも、奥様方はそうはいかないらしい。

 かと言って、高価な所には泊まらない。(一生に一度か二度くらいはあっても良いか?) 実際、入浴し、2回の食事代 (お店であろうが、自炊であろうが・・) 車中泊でなければキャンプ代もある。後片付けもしないで、何度もお風呂に入って、腹一杯ビールが飲めるのであるから・・・

 でも、ハードスケジュール(気持ちだけは・・体力が付いていかないが・・) いい加減に宿に入らなくてはいけないし、朝食を頂くと、どうしてもスタートが遅れてしまう欠点がある。それだけに、今回の山行も割り切って考えた。富山に戻っての山行もあったが、近場の山(大渚山 1,566.4m) とした。

 小谷側の雨飾山登山口を横目に見て湯峠まで行くのであるが、300~400m手前で通行止めになっていた。道路の欠損であるが行けない事もない。ゲートもあったしその指示に従った。18年ぶりだったので、まるで感じが違っていたというのか記憶違いも甚だしかった。また、湯峠から網谷側へは、何十年も通行止めのままのようである。

 湯峠の登山口の標高は1,250mくらいだから、山頂まで300m余。1時間余で登れる。そして、雨飾山の展望台と言われているが、今日はそのようにいかなかった。それでも、昨日よりはマシで、時には陽が差す事もあった。隣の駒ヶ岳は望めるのであるが、雨飾山の方が高いので、頭の部分が望めない。

 登山グループの奉仕であろうか、きれいに登山道の整備はされていた。この山は、そんなに登られているのだろうかと思ったがそれは分からない。ブナ林が良い。そして、三角点は東峰にある。山頂には展望台がある。その展望台が大渚山の頂上とされている。(東峰の方が、ちょっと高いとか・・)



7/7 いつもの通り黒菱平から歩いた。2つのリフトに乗らなくても八方山荘には1時間程で着く。今回は10回目となったが、以前キャンプをした時も、この黒菱平から歩いた。八方山荘から木道を歩く事になる地点で、霧雨が小雨になったので雨具を着込んだ。

 ずっとガスで、八方池に着いても、山どころか池全体も分からぬくらいで、池に大きな雪塊が浮かんでいるのだけが分かった。それでも、昨日は土曜日であったからであろうか、キャンプを含む宿泊者と思える方々が、次から次へと降りて来られた。その方々に残雪の状態を聞いたが、不安を助長するようなものだけであった。

 扇雪渓下付近では、シラネアオイやオオサクラソウがたくさん咲いていた。雨でなければ、もっと鮮やかに見れたのにと、ちょっと悔しかった。それまでに、ハクサンコザクラ・ニッコウキスゲ・ウサギギクなどが咲いていたが、それらは、まだこれからの状態だっただけに、先の二種は特筆と言わざるを得まい。

 丸山ケルンに着いた頃は、防水の効かない私の雨具はビショビショで衣類にも及んでいた。「ここで止めてもいい。」 という「山ノ神」であったが、もう少し先まで行く事になる。しかし、2,500m付近に達した頃、「通常ルートは通行止で、迂回する事になる。」 との情報に、「山ノ神」と分かれる事になる。

 「ゆるゆると降りて、イヤな感じの雪渓手前で待つ。1時間もあれば行って来れるでしょう。」 と「山ノ神」 であったが、これが失敗の元であった。2,554mの標高点先から通常ルートを避け稜線歩きになるのである。岩が連なる狭い稜線であるが、崩れそうな所には網が掛けられ、急峻な所や狭い所には、ロープやポールが施してあり、強風下でなければさほど問題はない。

 このルートは、唐松山荘裏の一番高い所へ出るのであるが、山荘まででも良いと思っていた心が、山頂まで行くのもあまり変わらないのではとの欲な心が動き、益々時間を使ってしまった。たまたま二人の登山者がおられ、お互いにシャッターを切り合って、すぐに下山とした。この時点で1時間近く掛かってしまっていた。早そうな二人に、「山ノ神に出会ったら、ちょっと遅れて来るから・・」 と服装や格好などを伝えお願いしたが、彼らは、唐松山荘の方へ行ってしまったのであてにはならなかった。

 時計を見て焦った。しかし、どうにもならない。この歳になると、小走りと言っても そんなに早くは走れない。丸山ケルンを降りた所で左足が攣った。不味い。それでも行かなくてはならない。電話も通じないのだから・・・ その内右足も攣り始めた。考えてみれば、殆ど食べていないし、休んでもいない。水分補給もしていない。今更飲んでも仕方がないのだが飲むしかない。

 扇雪渓下で「山ノ神」が待っていた。「ごめん」 と言うしかない。小雨の中、ずっと(1時間程)座って待っていたようであった。私は、それこそ、ゆるゆると降りているのではと思っていたが、約束通り待っていたのであった。幸い雨も霧雨程度であったからまだ良かった。分かれた時、アイゼンを渡そうかと言ったが、待っているから大丈夫と言った。でも、2時間にもなったのだから、炊事用具まではいかなくとも、ポットぐらい渡せば良かったと後悔せねばならなかった。

 その雪渓も、緩んだせいもあり問題なかったが、「山ノ神」に軽アイゼンを着用させた。後は、だんだんと雨が止み、靄っていたが八方池でコーヒータイムとした。木道に差し掛かってから、視界が広がり、白馬の街が見え出した。「帰る頃になって晴れて来る。」 「車に乗ってから晴れた。」 いつものパターンであるが仕方がない。帰路もリフトに乗らず黒菱平に至った。午後3時40分であった。



7/6 先週は3連休にならなかっただけに、明日・明後日も連休となる。(連休にする。) なのに予報はすっきりしない。白山か唐松岳か迷ったが、白山は来週に回し唐松岳になる。黒菱リフトには、今回も乗らないつもり。



7/5 「夢をもつんだね! 夢で終わっても いいじゃないですか 人生はそれだけ豊かになる」 こんな文章を見た。 その通りだと思った。だんだんと夢が萎んでいくだけに、何だか嬉しくなる。傘マークばかり並んでいるだけに気分が晴れる。それでも雨と言っても降らないような日が続く。



7/4 本当に山へ出掛ける方が多くなって来た。それは、「多い少ない。」 「高い低い。」 「遠い近い。」 に関わらず、いろいろな楽しみ方をしておられる。写真・お花・新緑や紅葉・山菜とキノコなどなどである。

 長い間やっていると重宝がられる事もあるが、感性や波長などの違いがあり、何事も上手くはいかない。他人様に受け入れられるには、かなりのエネルギーが要る。知識であったり物量であったりするが、何に置いても自慢をしないで、話を聞いてあげる事が一番のような気がする。

 それがなかなか出来ないのである。そうなれば仕方がない。静かな山を求めるしかないであろう。でも、これからは、そのリスクが増して来る。「百の山頂に百の喜びがある。」 「冬登れば冬山。」 「雪がある山に登れば雪山。」 例え低山であってもである。ロートルの辿る道を考えておかなければならないのであろう。



7/3 白木峰でも太郎山(薬師岳・北ノ俣岳からの変更)でも、ブヨにやられた。今までは、「山ノ神」の方が被害が多く、刺された後、化膿する事が多かった。私は、刺されても殆どそのような事がなかったから、もしかしたら、今回はブヨでなく、違った虫だったのかもしれない。

 気温が低いとか、風がある時には、あまり出没しないと思っていたのに、早朝の方がブヨ(虫)は多かった。気温が上がった日中の方が、ブヨが少なかったとなると、私の知識が及んでいない。最も湿度との兼ね合いがあるのは間違いないのだろう。

 「トンボが、ブヨを食べる。」は、分からないが、確かにトンボが飛んでいる時は、ブヨはいない。「トンボがいる場所は、ブヨがいない。」 「トンボが飛ぶ頃は、ブヨがいなくなる。」 のかも知れない。トンボが飛ぶ環境は、ブヨがおれないのか、それとも、トンボは、ブヨの天敵なのか?



7/2 ブヨに刺され耳がダンボーのようになったが、それでも、楽しかった余韻の方が上回った。その白木峰から戻って、翌日の行き先を決めるに、ちょっと迷ったが薬師岳に心が動いた。しかし、白木峰の駐車場から、最初の林道に出るまでの急登箇所では、「山ノ神」の調子が可笑しかった。「ハーハー」 と息が荒く、もしかしたら、ぶっ倒れるのではないかと思うほどであった。 (のち、平常に戻った?ような感じであったが・・)

 出発前に薬師岳から北ノ俣岳の変更する。何度も山頂手前で挫折する「山ノ神」を知っているから、ちょっとでも可能性の高い北ノ俣岳にした次第。そして、今回の山行は、恒例の白馬岳行きを、どうするかの判断材料にするつもりもあった。 (今年もまた一緒出来るか?また、日帰りにするか?テン泊にするか?)

 そんなのに、「山ノ神」が、ススダケを採りだした。こちらは、イライラするし、昨日襲撃を受けた耳に、またまたブヨが襲いかかって来る。怒っても始まらないし、山の雰囲気を楽しむという方向に考えを変えた。いずれ、だんだんと高い所や遠い所へ行けなくなるのであるから、その予行演習的にである。

 樹林帯を抜ければ、チングルマが現れた。ホットする。曇りがちであるが、結構視界は広がっている。雨は降らないと思った。しかし、私の心の中では、北ノ俣岳へも怪しくなって来たように感じる。「山ノ神」は、寝なくても、重い荷を担いでも、執念を漲らせる私には、少々呆れかえっている。

 整備中の登山道を歩く、高山植物の再生作業も行われている。きれいになるのだろうが、自然の力には、なかなか勝てずイタチごっこは歴然である。チングルマは、まだ下の方にしか咲いていない。五光岩の先には花はない。夏山になったばかりだから仕方がない。

 太郎小屋に着いたのは、午前11時20分頃。簡単な食事をした。「山ノ神」は、この先に行く事を断念しているようだ。案の定、「山ノ神」は、私に北ノ俣岳へ行く事を勧めた。でも、山頂に拘らない山行も良しだし、娘が学校行事(小中学校再編の懇談会)に出来れば参加したいと言っていた事もあり、孫達の面倒を見るとなれば、それに合わせて下山しなければならない事もあり、小屋よりちょっとばかし高い太郎山に行く事にした。

 太郎山は3回目である。岡山の杉原女史が北アにやって来た時、太郎で出迎えた時がある。(のち、薬師峠でキャンプ)その時、雨の中を、日帰りでねぎちゃんもやって来てくれて、太郎山で再会を喜びあった。もう一回は、一昨年、好山病山行の折、二日目の北ノ俣岳へ行く途中、太郎山に寄った。

 わざわざ目的として行く山でもないが、何年か後、日帰りは此処までという事になるかもしれない。(眺望もそれなりに良い。) 小屋前で簡単な食事をしたが、此処までとなったため、「山ノ神」のビールタイム、そして、私の2回目のコーヒータイムとなった。



7/1 大雨が続く予報であったが、富山の予報は曇り。降水確率も低い。ならば、ニッコウキスゲの咲き具合はともかく、「雨の山」 のレパートリーの一座である白木峰行きとなる。1,300mの駐車場に着くなり、ブヨの洗礼を受ける。編みを被ったがラチがあかない。相当刺されてしまった。

 風衝地帯の山頂でも、ブヨを含む虫に悩まされ浮島へ急いだ。ニッコウキスゲの見頃は、まだ一週間も10日も先のように思えるが、チラホラと咲き始めており、それなりの雰囲気は醸し出されている。ササユリも、その順番を待っているようであった。

 展望はイマイチであったが、曇でも降らなければ良しというお天気からみれば、それこそバンバンであった。浮島を最終地点にしておられるからであろうか、登山者が入れ替わり立ち代わり訪れられるのであるが、長居する方々は意外と少ない。私達は、コーヒーを飲みながらゆっくりと過ごした。またまたお節介にも、親子連れと思われる方にコーヒーをプレゼントしてしまった。

 一時を過ごし、山頂へ向けての木道歩きに、ねぎちゃん夫妻と遭遇。一旦は、「またね!」 と別れをしたが、山頂直下で、北ちゃんと田村氏と、またまた遭遇。こうなれば、もう一度浮島に戻らなければなるまい。54回目の白木峰で、浮島に2回も行ったのは今回が初めて。でも行って(戻って)良かった! 久しぶりに会えた方もあり本当に良かった。そして、楽しかった。

 今日は、あらちゃんとも出会った。M女史ともお会いした。元気な方にお会い出来ると、その元気をもらえる気がする。6人で、林道を歩いて下った。フキ採りもした。そして、マキちゃんもeiko女史も揃う日が来る日を私は願っている。