4/30 日・月の休日は山(袴腰山・金剛堂山)に、昨日(水)は、二上山・大師ケ岳へ 仕事前に出掛けた。こうなって来ると、歩かずにはおれなくなって来る。今朝は、街中(高岡駅周辺)に出掛けてみた。最近は、あまり街に出掛けなくなっているので、ホテル・マンション・銀行などが出来て、どの様に変わっているのか一度は見ておかなくてはの思いがあったのである。

 でも、やっぱり山がいい。例え二上山であっても、断然山がいい。平地の歩きは、私には似合わない。そして、空気も違う。当然構築物と自然の差がある。早朝の静かな街中であっても、音・空気・周りの景色が違い過ぎる。だけど山には住めない。



4/29 早起きして、二上山・大師ケ岳への早朝ハイキングとなる。車の移動を含めて3時間。日の出が見られたし気分の良い一日となった。大師ケ岳山頂では、僅かではあったがコーヒータイムとしたし、まずまずの行程であった。週2の山行と、合間に二上山への早朝訓練があれば丁度いいくらいである。

 今日は、祝日(昭和の日)で、下山時には、あれやこれやと登って来られる方々があった。その中に、昨年もお目に掛かった貴婦人に 「元さんですよね!」 と声を掛けてもらった。そして、「コロナだけど、これくらいはいいですよね!」 とも言ってもらった。尚更のように気分が良くなった。



4/28 ちょっと悩んでいた事(心配していた事) に明るい兆しが見えて来たので、これからは、何と言われようと山に出掛けるつもりである。最も、その事に懸念がある方などには誘いもしないし、なるべく人気のある山には行かないつもりである。

 それはそれとして、県立学校と共に、高岡の小中学校も5月末まで休業となった。子供達も大変であるが、親達も大変である。山ボケしている私であるが、もちろん困っている時は、山そっちのけにして助けてやるのは当たり前である。

 人間一人では生きていけない。お互い認め合い協力していかなければならない。山だって、「素敵だね!」 「頑張っているね!」 などと言っているから張り合いがある。「独り占め」 などと言っても、その話を聞いてもらえての事である。



4/27 4月中に僧ヶ岳に行く予定であった。今日は、その最後の日であった。「山ノ神」には、引導を渡していたし、仲間を誘っても、また単独でも行こうと思っていた。でも、イマイチ モチベーションが高止まりしていないし、最近予報に煮え湯を飲まされ続けているのも手伝い昨夜の内に断念していた。

 今朝起きてから決める事にしたが、家庭内に事情から、早く出掛けて早く戻ると言っておいたからであろうか、「山ノ神」は起きて来なかった。それはそれで良いと思い、金剛堂山に出掛ける事にした。今年5回目、通算63回目である。50回達成しているのであるが、ここまで来たら、100回を狙っても良いかもしれない。(笑)

 栃谷から2キロ地点のちょっと手前から残雪が現れた。ゴボルのはイヤであるから、トレースを辿った。この歳になって、タイムを競う事もないのであるが、3時間は切ろうと思っていた。それが中金剛まで行けたのであるから、まずまずであろう。お天気の回復は午後からの予報であったから、其のへんは予報通りであったのかもしれない。

 単独だとあまり食べないのであるが、今日は中金剛(最高点)で、カップ麺を食べ、コーヒーも頂いた。雨には遭わなかったが、今にも降りそうなお天気であった。でも、高度を下げていく毎に青空が広がっていくようであった。昨日も今日も誰にも会わなかった。皆様方は自粛をしておられるものと思っている。バカな私をお許し下さい。



4/26 世の中、何もかも上手く行くハズがない。でも、嘆いてばかりいても始まらないし解決もしない。やっぱり山に行くしかないだろう。前半は、「山ノ神」の言い分を聞いて人形山の林道偵察。後半は、私の要望で袴腰山に行って来ました。

 持ち通り、林道には残雪があり車をデボして歩かなければならないし、残雪が溶け出してズルっといくところもあった。しかし、雨が伴う静かな山である。誰一人来るハズもない。「これでもコロナの意に反するのか?」 とは言わないが、 「何が面白くて・・・」 と自分でも苦笑いする事がある。



4/25 モチベーションというのかテンションが上がらない。いっその事、当欄を休もうかと思うほどである。「山に行く事に罪悪感を覚えてまで行きたくない。」 のであるが、それでは、私が参ってしまう。何が何と言われようと、「山の空気」 を吸わなくては・・・・



4/24 何だか山に行きにくい雰囲気になって来たね。じっとしていなければならないのだろうか? 本当にイヤな世の中になったもんだ。「行く予定。」 「行って来た。」 などと、言えなくなるのでは・・・。



4/23 昨日、隣の町内で火事があった。けたたましくサイレンが鳴っていたが、私の家は、警察や消防署が近く、サイレンは日常茶飯事であるため、まさかであった。今朝新聞で、その事を知りびっくりした次第である。たまたま怪我人がおられず、少しは安堵したが、近くにはお客さんをはじめ、多くの知人がおられたのに、結果的には知らん顔をしていたのである。

 今般のコロナウィルス感染者やその家族方々が、結構辛い目に遭っているという話を聞いた事がある。古い所や小さい街では尚更である。火事もなかなか居辛いという事も聞く。昔から、”村八分” という言葉がある。社会から隔絶されるのであるが、「火事と葬儀」 の2つだけ付き合わざる得ない事から、そのような文言が生まれたようである。

 そのような言葉を高校時代に知ったのであるが、10個の内の2個であるのだから、あとの8個はなんだろうと、ずっと気になっていた。最近それがようやく分かったのである。(正しいのかどうかは確認していないが・・) 冠・婚・建築・病気・水害・旅行・出産・年忌だという。しかし、辛い目に遭った人を、これでもかと、タタキの目にしなくても良いと思う。寛容が大事である。



4/22 不要不急の外出を自粛せよのお達しに、山ならコロナの影響が少ないとの思いが少なからずともある。マイカーで出掛け、人との交わりがないのだから、理屈では通るような気がする。ところが、その思いは同じなのか、それとも山菜採りのシーズンだからであろうか、それなりの人出がある。特別の接触がないだけに良しかと思うのであるが・・・相乗りや食事が一緒となるとそうでもないのだろうか? 

 後は、遭難するとなると、関係者にはいろいろと迷惑を掛けるのは間違いない。全国組織の山岳会から、登山も控えるようにとのお達しがあったが、都会からの電車バスの利用、またはツアーと違うのだから、いっしょくた (いっしょくたん) にする事もないような気がする。

 ド素人の考えであるが、肺を患っていたら(軽症でも?)、ハードな山歩きは出来ないと思うが如何だろう? 簡単な里山歩きや、多くの歩きを伴わない山菜採りなら可能かもしれないが・・・・。自粛でストレスが溜まっている山愛好家の皆さん、人と出会わない静かな山は雨の時です。転んだり滑ったりしてイヤだと思われる方は、林道歩きか、林道歩きがたくさんある山です。意外と新しい発見があるものです。



4/21 もうちょっと高い山に行きたい。コロナに惑わされない他人様のいない山である。コツコツと歩きながら、それよりもっと高い山を眺めながらである。今なら、まだ白い山のままであるし、ベンチ・テーブルも造れるだろうし!

 まだ大丈夫である。何せ80歳を一つの目標としているだけに、まだ序の口である。あれもこれもと欲望はあったとしても、それは小さなもの。ずっと山に登っていたいと思う方が大きいかもしれない。毎日の積み重ねと信念・憧憬がそうさせているのかもしれない。

 雨の日も風の日も、そして、単独でも有志とのパーティーを組んでもである。その時その時の感動があり、それが想い出となる。「百の山頂に百の喜びがある。」 とは上手い事言われたものである。今も多くの出会いが財産となっている。



4/20 やっぱり雨だ!でも、そんなに降らないと思う。ワイパーを回しながら牛岳スキー場をから二本杉に向かった。「こんなのでも行くの?」 から始まり、「そしたら、車の中で待っていたら・・」 が挨拶のようなものである。私は何処かのてっぺんに登りたいのを「山ノ神」は知っている。今回も、牛岳頂上に達した「山ノ神」は、「三角点はあんただけ・・」 であった。

 その後、雪が残る林道を少々下り、フキノトウ採りに興じた。またもいっぱい採ってしまったが、東京に送るのである。こんな時期だけに 「山の新鮮なもの」 と結構喜ばれている。我が家でも、コゴミやフキノトウが、毎日どころか毎食テーブル出ている。でも、私は結構満足しているのである。

 牛岳の後、「山ノ神」は、人形山をせがんだ。山に登るのでなく林道の偵察である。でも、雨が降って来たので夢の平スキー場に舵をきって、スイセン鑑賞となった。思っていたよりきれいであった。



4/19 「休みはいつなの?」 「今度は何処へ行くの?」 と猛者と思われている河原氏からメッセージをもらった。「雨が降るかもしれないのに大丈夫なのかな?」 と思ってみたが、あちらは、「降らないのでは・・」 と思われていたのかもしれない。でも、たまには付き合ってやろうかと思ってくださったのであるから、こんなに嬉しい事はない。「コゴミ採りがメーンで、大平山に登ろうかと思っている。」 と告げた。

 先週に出掛けているし、車もずっと先まで入れたし、それこそイヤというほど採った。多分、参加した4人全員が満足だったのではなかろうか? 車に戻って食事を取ろうとしていたところに、マキちゃんと娘さんが現れた。匂いを嗅いでやって来たのかもしれない(笑)

 彼女らがコゴミ採りをしているのを、コーヒーを飲んだり、食事をしたりして待った。 (大平山に誘ったからである。) その間、次から次とやって来る人達と言葉のやり取りを楽しんだ。その中に、本当に久しぶりであった入善の滝本氏に声をかけてもらった。お会いした事はそんなに多くはないが、要のところでお世話になっている。そして、本当に元気であるしお若く見える。

 河原氏とまきさん、マキちゃんと娘さん、そして、私達の6人で大平山に向かった。私としても本当に久しぶりである。長い林道を行った思いはあったが、やっぱり長かった。(10キロ) そして、登山口が崩壊したのか、新しく作られていたが、ヌルヌルズルズルであった。

 大平山は、1,000mをちょっと超える山であるが、奥に入るだけあって予想以上に残雪が多かった。最も1時間も掛からない。コゴミ採りの後のちょっと登る山としては申し分なかった。今回6回目であったが、過去2回クマに遭遇している。(クマにご注意を!) 大倉山に登った時、「大平山にはしばらく登っていないな!」 と思っていたが、これで何だか心がすっとした感じ。「今度は、濁谷山?」



4/18 だんだんとコロナが迫って来るような勢いである。「山ノ神」と休業に付いて話し合ってみた。今日は取り敢えず、1時間の短縮、明日明後日は休業日だから、それが終わってから、大幅な時間短縮や休業を考えてみたいと思っている。生活の不安はあるものの、何とか乗り越えなければなるまい。

 それでいて、休業日は間違いなく山に出掛けるのだから、何とか言わんかもしれない。山は、「3密」 が無いからなどと思っているが、それはわからない。(神だけが知っていると言うところか!) 予報は悪い。でも、何処かへ行かなければ、気力・身体が参ってしまう。 「白い山」は、次週の予報に期待し、明日は降るかもしれないがコゴミ採りに現を抜かそう。



4/17 コロナの緊急事態宣言だからだろか、車の往来も少ないし、周りのお店も、だんだんと休業になっているような気がする。我が店もと思わないわけではないが、「休んでどうする。」 なのである。「毎日は山に行けない。」 「店を閉めて何をする。」 なのである。

 そんな中、僧ヶ岳を話題としているからであろうか、その筋に興味ある方々からのコメントが幾つかあった。やっぱり山の話は楽しい。どれだけでも出来るような気がする。そして、午後9時から25分間程好山病友の会の「ネットで飲み会」をやった。5人の集結があった。何が何だか分からない内に終わってしまったが、久しぶりの顔もあって楽しかった。



4/16 今朝も仕事前に二上山へ行って来ました。どんよりした今にも降りそうな空模様でしたが、思い立ったら実行です。「山ノ神」には、声を掛けたものの、返事がなかったので、思いっ切りの単独行。山頂・城山経由のちょうど1時間でした。

 今月は、思うような山に行けず、もしかしたら、これからもそうかもしれませんが、仕事前なら何とかなる。ましてや、だんだんと夜明けが早くなるのですから・・・ でも、就寝は午後11時半を回る時の方が多いですから、日中にその後遺症が出てしまいます。

 先程、「ネット飲み会」のリハーサルを、LINEで好山病の諸氏とやってみました。今月上旬の企画がコロナで流れていただけに、これは面白いと思いました。明日は、タブレットの前にお酒を用意して、また仮装して(LINEにもその機能がある)楽しもうと思います。世の中変わったようです。



4/15 仕事前に古城公園を散策して来た。桜はもう終わりなのか? ”花筏” は? などと思いながら、新しい空気を吸って来た。でも、やっぱり「山の空気」 とは何だか何処か違っているように思うのは気のせいだけなのだろうか?

 4月の「白い山」 のイメージから、今年も僧ヶ岳に登りたいと思っている。先週はその機会を逸した。今度の休日も予報はかなり悪い。その先もあるが、雪が少なくなり、その雪が汚れていく。最も林道が奥まで入れるような利点もあるが、そこをどう考えるかである。

 その僧ヶ岳に、一緒したいという人もあれば、お誘いもしていたが、最近の不穏な状況(コロナウィルス) で雰囲気が良くない。山の空気は汚れていないし、車の乗り合いもないし、安全であると思っているが果たしてどうなんだろう。でも、休日は山に行かないと死んでしまうような気がするが、やっぱり可笑しいのだろうか?

 

4/14 お天気に恵まれないと簡単な山、そして、同じ山になる事が多くなる。また、これからの時期は、山菜採りにも気を注がれる。「山ノ神」との意見相違も生まれて来てギクシャクもする。歩けるだけでも喜ばなければならないのに、何と贅沢なと思われても仕方がない。

 いい加減に方向転換しなければならないと思いながら、やっぱり、もう少しという気持ちが起き上がる時がある。まだ大丈夫だろうとか、まだ行っていない所があるという気持ちである。「転んだら(ケガをしたら)、山に登れなくなる・・」 を思いながら、チャレンジ精神はちょっぴり残っている。

 現状では、「山ノ神」がダメでも、私はまだ大丈夫のところが幾つもある。問題はその兼ね合いである。どちらに偏っても、家中が上手く回らない。特別な山に登っているわけでもないので(自己満足だけなので)、諍いは避けたい。本当は、「山ノ神」がもう少し頑張ってくれて、私がちょっとだけ我慢すれば上手くいくのであるが、それがなかなかである。

 遠出の機会を増やしたり、その遠出でも、ちょっとであるが観光を織り交ぜたり、また「山ノ神」の好きな山菜採りを絡ませたりしているのであるが、これで良しとはならず困惑しているのが現状。でも、この頃は、「私は行けない。だから自宅で待機する。」 などと言う事があるが、それが何処までか図りかねない。



4/13 また雨。そして、また八乙女山とした。42回目である。休日を増やした事で、当然雨になる日も増える。そうなれば、小佐波御前山と共に八乙女山へも多くなる。最も白鳥山や白木峰にも小屋はあるのだが、時期が限られるから。そう回数は増えない。

 この調子で行くと、人形山(41)白山(40)大猫山(38)大倉山(36)剱岳(32)高落場山(32) より先に50回を超えてしまいそうである。 (50回以上10座が直近の目標である。) そんな今日であるが、傘を差しながらの登高である。咲き始めたお花を眺めながらのゆっくり歩行である。雨が強くなったので、「山ノ神」を東屋に待機させ、私一人が三角点を踏んできた。のち歩いた事のない林道を帰路に充てがえた。



4/12 結局午前7時を回ってしまった。これでは人形山には行けない。行けない事はないが、また途中で止めてしまわれては困るし、行く先を片貝川散策に切り替えた。出来れば大平山にも登りたかったのだが・・・

 やはり片貝第2発電所から通行止めになっていた。成谷堰堤先まで歩いたのであるが、残雪もなければ石も落ちていない。楽々車は入れるのであるが、何かこの林道にはルールのようなものが存在するのかもしれない。

 フキノトウは伸び切っていたし、タラの芽はこれからであった。また、コゴミに期待をしていたのであるが、暖冬少雪に関係ないのかさっぱりであった。しかし、帰り際に探した一角に、そのコゴミを見付ける事が出来ホットした。でも、これからである。休日・お天気・山行日が一致すれば良いのであるが・・・



4/11 明日の行き先が揉める。出来ればもう少し距離を延ばしたいし、もうちょっと高い所へ行きたいのが本当のところ。でも、「山ノ神」は、穏やかで楽ちんな所を好む。そして、出来ればお花が咲いているとか、山菜がある所を所望。

 お天気がどう転ぶか怪しいだけに、行き先は明朝決める事になった。こうなると多分ダメである。起きる時間が決まっていないのであるから、思うようにならないのは明らか。私の方が遅く休んで早く起きるのだから・・・・



4/10 コロナの関係で13日(月)から、また孫達の学校が休業になる。当然私達が、孫の面倒を見なければならないと思い込んでいたのだが、13日も20日も娘夫婦が交代で休暇を取り、私達の休日を潰さないような計らいをしてくれるようである。

 そうなれば、山に行くに決まっているが、お天気の方が味方してくれないようである。でも行く。不要不急に当てはまるのかどうか分からないが、濃厚接触に当たらないと勝手な解釈である。寝たきりや認知症の予防と考えれば、少しは正当性が生まれてくる。



4/9 世の中、コロナ一色である。富山県は0であったのに、いつの間にか十数人に広がり、我が高岡にも感染者が出た。「不要不急の外出を控えよ!」 のお達しであるが、山は3密ではないし、濃厚接触はないと思っているが、独り善がりなのだろうか?

 でも、ずっと、家中にいるとなると、こちらの方が参ってしまう。「具合の悪い人は、登って来ない。」 だと思っていたが、必ずしもそうでないのかもしれない。でも、私は、山に行かないなんて生きている限り考えられない。



4/8 この3日間は正しく山三昧の日々を送った。幸せ感が漂っているかと尋ねられると、必ずしも「その通り」 と答えられないかもしれないが、歩けた事と元気でおれた事に満足していると言った方が良いのかもしれない。朝早く起きて、まるで仕事のように出掛けるのであるから、これが毎日となると、流石の私もイヤになるかもしれないし、身体ももたないかもしれない。

 でも、次行く山を考えてしまう自分が可笑しいのだろうか? だから、まだ意欲だけはある。そんな私に 「邪魔する。」 という執念だけで付き合ってくれる「山ノ神」も可笑しいのだろう。彼女は既に限界に来ているのかもしれない。途中放棄や始めから断念も増えてきている。

 言い争いから、お互い単独行が多くなっても、放って置くわけにもいかない。「腹が立つ」 「宥める」 を繰り返しながらここまで来たのであるから、「若い人達には敵わない。元気でない人も世の中にはたくさんいる。」 などと、慰めあわなければならない。でも、私(達)の目標はずっと先にある。コツコツやるしかない。



4/7 「金時(坂)の頭まで雪がない。」 と勝手に思い込んでいたもので、すぐに雪が現れ「山ノ神」は慌てた。もしかしたら、「帰る。」と言い出すかもしれなと思ったからである。でも、急登を我慢すれば、雪の平原が待っていてくれた。先行者のスキーやのトレースに助けられた感はあったが、心はルンルンであった。

 その急登の終わり頃から、Perさんと一緒になった。「謙遜の塊」みたいな同氏であったが、意外と馬が合うと言うのか波長があった事もあり、ずっと一緒してもらった。だから、「山ノ神」も頑張れたような気がする。3時間くらいで山頂に達すると思っていたが、そんなに甘くはなかった。でも、途中からの頑張りで30~40分ほどのオーバーで行けたのであるから、熟年パワー健在である。

 今回一緒してもらったPerさんに感謝。いろいろなお話も出来た。長勢君の話まで聞けた。(相変わらず凄い山行をやっているようだ! もう雲の人のようだ!)  そして、同氏の山への意欲にも感動するものがあった。山は不思議だ。ちょっとの事で、仲良くなるのだから・・・ 下界では考えられない。

 とにかく、今回の白鳥山は最高であった。喘ぎ喘ぎの「山ノ神」でも、その心は同じような気がする。この先の一座一座も、「もう来れないかもしれないから・・」 は、私以上に強く感じているかもしれない。帰路、朝日町の ”四重奏” を見に寄った。素晴らしかった。そして、ひろみさんにもお会いで来た。(車と歩行者なのに偶然) また、歩き始めてから、上沢さんのガイド(笑)にも遭遇。素晴らしく楽しい一日であった。



4/6 「山ノ神」は、疲れが出たのかなかなか起きて来なかった。そんな事もあって、金剛堂山栃谷登山口発が午前9時を回ってしまった。「なかなかいいペースだ!」 「午後1時まで着くよ!」 などと、機嫌を取りながらの歩きであったが、片折岳に着いた所で、「もうダメだ!」 と言い出した。

 今年の1月にも、”途中逃走?” 事件があり、その申告 (もうダメだ!)  は少々遠慮がちであった。それは、私があまり面白くない顔をしていたからに他ならない。「せめて4キロ地点まで!」 「それがダメなら思案山まで!」 となったが、思案山までも届かなかった。1400mくらいで穴を掘った。「山ノ神」待機場所である。

 それから、1時間半程の時間をもらった。(午後0時45分頃であった。) 前夜の降雪や、きっと風もあったのだろうか、トレースが全部消えていた。そして、樹氷である。心が躍った。しかし、写真を撮るには陽が欲しかった。ちょっぴり顔を出したりするのであるが、なかなか持続してくれなかった。

 昨日の天蓋山の帰り道、”塩の千本桜” を見に寄った。初めてだったが素晴らしかった。しかし、今日の山頂近くのブナの樹氷も、それに劣らないくらいに素晴らしかった。桜のように見えるのだから不思議なものだ。陽があたっておれば、文句なくであった。そして、山頂に立った。「百の山頂に百の喜び有り」 まさしくその通りである。62回目の金剛堂山であったが、一つ一つの想い出がある。



4/5 「飛騨地方は晴れ」の予報だったが、神岡辺りから雪が舞い出した。天蓋山には新雪があったが、それは想定内。でも、当てにしていた展望はイマイチでちょっと残念だった。でも、時々晴れ間があり、ブナに着いた雪が輝き、それは美しいものだった。

 昨夜、「何処に行かれますか?」 とのLINEをもらったガリ君に、もっと素晴らしい展望の天蓋山を魅せてあげたかったのだが、そうそう、いつもお天気とは限らない。でも、時折吹雪いたりしたが、雨でなくて良かったとの評もあった。それよりも、山之村までの道路状況にガリ君は驚いていたようだ!



4/4 仕事前に早朝ハイキングで二上山に行って来ました。5時過ぎに家を出て、7時過ぎに家に戻るという簡単なもの。約7,000歩くらいですが、真新しい空気を吸っての歩きですから、また違った感覚です。今日は、城山まで足を延ばしました。また予報が変わりました。では、明日は、山之村から天蓋山でも登って来ようか?



4/3 相変わらずクルクル変わる予報に翻弄されているが、直近の私の3連休(4/5~4/7)は、傘マークが一部あるものの、概ね晴れマークである。「山ノ神」に相談しなければならない事もあるが、3日間とも日帰り山行となりそうだ。出来れば、その3日間とも1,000mを超える山に行ければと思うのだが果たしてどうなるのだろう?



4/2 周りの予定や企画がなくなっていく。「憎っくきコロナよ!」 仕事柄濃厚接触だが、今のところ、有り難い事に、お客様にそれでも来てもらっている。只々感謝である。でも、これからは分からない。「し~ん」 としていては面白くもない。今日は、娘ファミリーを呼んで夕食。これしかないか・・・



4/1 本日、ようやくYAMAPデビュー。しかし、内容はあまりない。しかし、やった事に意義があると思っている。(でも、名は元さんではない。) そして、まだ小佐波御前山と赤祖父山しか載せていないし、細かい事は模索中であるからして、面白くもなんでもない。これからである。

 コロナの感染者が出たと思ったら、パーッと広がった。周りの人達がいっぺんに萎縮し始めた感じである。そりゃ怖いだろうが、平常心で指示されている事をやっておれば、それほど怖がらなくても良いのではと思うがどうだろう? もちろん、「休日は山に・・」のライフスタイルは貫き通す。