12/31 一年間、いろいろとお世話になりました。来年も宜しくお願いします。「休日は山に・・」を継続します。息子(長男)の帰省が有り飲みすぎました。明日(初登山)は、八乙女山が、ちょうどいいかも・・



12/30 55年前から続いていた同級生有志の新年会が一昨年から無くなった。コロナもあるが、我が出てきたり、だんだん疲れて来たのかもしれない。年賀状も早々に片付けたし、天神様の飾り付けや、その他の掃除も終わりつつある。そして、仕事も昔のように、押し迫ってからの忙しさはなくなってしまった。

 子供達も来るのか来ないのか分からない。(明日来る話もあるが、私には直接伝わって来ない。) そうなると(そうでなくても)、何処の山に行こうかとなるが、行き先はお天気を見てとなる。(出掛ける事は間違いないが・・)

 お正月は、5日まで休みとしたし、好きなように出来るが、それでもお天気を考慮しなけければなるまい。お正月休み中に、低山キャンプを、ここ何年間も考えているが、まだ実行に及んでいない。夜が長い期間だけに、一人では寂しい。もうちょっと考えてみよう。



12/29 今年も、たくさんの方々との出会いがあった。私のような年代になると、それこそ、だんだんと知人・友人との付き合いが無くなっていく。それに比べれば、上辺だけのものもあるかもしれないが、どんどんと知り合いが増えていく。  本当に嬉しく楽しいのである。しかし、「山ノ神」に言わせると、「調子に乗って・・」 などと、嫌味たっぷりである。そんな「山ノ神」も、きっと悪い気はしていないはずである。

 山での知り合いは、横文字やカタカナ、或いは、なかなか理解しにくい名もあり、私としては覚え難く難儀している。だから、忘れっぽい事もあるが、何度も聞き返す事もある。相手様も年寄りだと思って丁寧な方が多い。(笑)

 この歳になって、まだ鍛錬とか精進なのかと言われる方もあるが、これは一生のものと私は思っている。人生は、山登りと同じで、一時の光景を求めて努力するに似ている。汗を流せば、求める物に何倍もの値があるような気がする。



12/28 昨日の小佐波御前山が今年の登り納めになりました。その小佐波御前山ですが、八乙女山と並んで、一年で17~18回登ったようです。(小佐波御前山通算89回になりました。) それだけ、お天気が悪かったか、時間がなかったからでしょう。

 次に多く登ったのは、金剛堂山8回、千石城山6回、大辻山5回、城ヶ平山5回が続きました。そんな事を思うと、大地山4回、白山3回、燕岳回、入笠山2回も頑張って行ったような気がしてなりません。今年通算117回の山行機会を得たのですが、ほぼ、「休日は、山に・・」 を全うしました。(笑)

 牛岳165、小佐波御前山89、千石城山76,金剛堂山75、大辻山74,八乙女山70、白木峰59,大地山58ですが、白山46,人形山45なので、50回以上10座を来年に達成出来ないかと淡い気持ちを持っています。

 でも、10回以上100座は、なかなかハードルが高いです。それでも、早乙女岳や金山・天狗原山などは、もう少しなので、今の内にと思うのですが、後はタイミングだけでしょう。元気でおれば、達成出来るとの信念で、チャレンジし続けたいと思っています。



12/27 今年最後の山行。この雪では選択肢がないと同じ。昨日は八乙女山だった事もあり、やっぱり小佐波御前山となった。「山ノ神」は、昨日の疲れもあったのか、また、この頃は、お天気が悪いと行きたがらない傾向。それはそれで構わない。

 道中も降りっぱなしだったし、駐車場に着いても雰囲気は良くなかった。でも、若者達がいた。彼らは当然登る気でいた。そうなれば、行かざるを得ない。そのメンバーたるや、ノンさんパーティーの4名であった。トレランの錚々たるメンバーだけに一緒に歩けるはずがない。

 それでも、ちょっとだけ避難小屋で私を待っててくれた感じがあった。優しい言葉も頂いた。彼らの嗜好品だったのにそれも頂いた。ホットな気分。でも、申し訳なかった。

 今日は、正月休日の間に、キャンプは出来ないだろうかと思いながら歩いていた。近間の低山で良い。積雪は1m以上欲しい。そして、お天気はまずまずであって欲しい。でも、誰も一緒してくれる者がいない。冬の夜は長い。そして、最近、私を襲って来ている病魔も敵である。やっぱり日帰りが良いのかも!



12/26 ひょんな事で、シュンちゃんと棚田夫妻、そして、私達二人の5名で閑乗寺駐車場スタートとなった。大雪警報下でも、平地では、さほどの積雪を見なかったが、高度を上げれば充分な雪量があった。シュンちゃんは、八乙女山は初めてだと言ったが、ずっと前、それも、かなり前に来た事があったような気がしたが、そんな事はどうでも良かった。

 そんな彼は、人の心を思ってか、「いいね!」 「いいね!」 の連発を放し、棚田夫妻も 「一緒出来て良かった。」 と、雰囲気を盛り上げてくれた。ずっと降っていた雪の中を、可笑しいかもしれないが、少年のように心が弾んだ。それは何だったんだろう? 暗黙の内の交代ラッセルだったのだろうか、それとも、巧みに交わした会話だったのだろうか? 寒くて悴んだ手や心までホットにしてくれたに違いない。

 「山の友」とは、また会いたくなる。俄であっても、そうなるのだから不思議である。またそうならなくては面白くない。今日は、「なかみち氏」と言葉を交わした。私の子供年代の方なのに、山だから声を掛けて頂いたのであろう。嬉しいものである。

 

12/25 寒波襲来と盛んに報じているが、今のところ、県西部では、あまり降っていない。これも、明朝起きてからでないと降雪・積雪の具合は分からない。したがって、私の行き先も、明朝にならないと決まらない。大雪を想定して八乙女山が無難なところか?

 降雪の中を歩くとなれば、今年最後の歩きは、八乙女山と小佐波御前山になりそう。降雪が収まれば、違ったところも考えないでもないが、昨日から腰回りに違和感があり、いつもの山でよさそうと思うのである。クリスマスの予定も回避され、平凡な夜となった。それで良い。



12/24 今日はクリスマス・イブ。私にはあまり関係はないが、いろいろと工夫されて過ごされる方が多いと思う。と言いながら、我が家では、明日・娘達家族と簡単な食事会をするようだ。特別な話もないけれど・・・

 そんな事より、日・月のお天気が気にかかる。 ” 大雪 ” 地震や台風と同じで、なかなか その通りにはならないけれど、警戒に越した事はない。車が出れなかったら、山には行けない。車の置く場所も考えておかないといけない。

 あれから一週間が経った。「特別な事は、ないけれど・・・」 と、言っているけれど、時々であるが、咳き込むと、その後声が掠れる。(関係ないと思うけれど・・) とにかく雪上を歩き戯れたい。今は、只それだけ・・・



12/23 鬱憤晴らしや、山の情報として、当HPはあったはず。この一週間は、山の事もあったが、私の体調の事が主であった。本来の趣旨から外れているかもしれない。しかし、私のHPなのだから、他人様を陥れるような事以外、何でもいいのかもしれない。

 「元さんも、くたばったか?」 とか、「やっぱし、歳には叶わないか?」 などと思われたかもしれないが、私は、まだまだ、やりたい事があるから、くたばれない。その強がりが出て来たからか、励ましのメッセージが届くようになってきた。

 「ジジイ」 と呼ばれてもいい。「ジジイ」 になっても仕方がない。「スーパー爺」 を目指せばいいだけの話。紆余曲折がありながら、「元ちゃんの山歩き」 が、「元さんの山歩き」 になっている。いずれ 「元じいの山歩き」 になる時があると思う。誰にも負けない 「ジジイ」 になってこそ、その称号の価値があると思っている。



12/22 今日は冬至。一年で一番陽が短い日。暗いイメージがある。しかし、明日から、少しずつ陽が長くなっていく。私の身体も、今がどん底で、少しずつ良くなっていく。(実際、不都合が無くなって来ている。) そして、今年の登り納めは何処にしようか? 年が明けて、登り初めは何処にしようかと、そんな事ばかり。



12/21 解放されて、山にも行ける。お酒も飲めるし、風呂も入れるのに、何だか可笑しい。それもそのはず、他の所に異変を感じているからかもしれない。普通に歩けるし食欲もあるのに、まるで自分でないみたい。でも、「山に登れなくなったら、死んだようなもの。這ってでも行く。」 と言っていた自分を思い出させてみたい。

 それと同じような意味合いで、「大地に行けなくなったら山は止める。」 言っていたが悲しい話ある。私は、そのような事がないように、自分なりに精進し、鍛錬も積み重ねていきたいと思っている。病魔や衰えを粉砕し、まだまだ登り続けたい気持ちでいっぱい。

 まだ、復活という言葉は使いたくない。倒れたわけでもないし、他人様に迷惑を掛けているわけでもない。何処まで通じるか分からない 「気力」 を、かけがいにしてみようと思ったりもしている。

12/20 紹介状を持って総合病院へ行ったが、この状態では、判断出来ないとの事。結果的には、一ヶ月の経過を待つ事になったが、平常の生活OKとも言われた。開業医のあれもこれもダメは、いったい何だったんだと思ったが、癌の疑いが取れたわけではない。

 もうこれから、クヨクヨせず元の生活に戻る。癌なんかに負けるもんか! なっても気力で治す。今日の事で、せっかく段取りしてくれていた好山病の忘年会が、パーにしてしまった。本当に申し訳ない事をしてしまった。何で穴埋めすれば良いのかと思うが、元気でいる事が一番のお返しのような気がする。

 この3~4日の鬱憤を晴らすために、午後から千石城山に行って来ました。上市市街地の積雪0センチ。全く雪がなかった。ところが、山に近付くに連れて積雪が増して来て、管理棟まで車を入れるのがやっとであった。杉林こそ少なかったが、、通常の登山口でさえ、30~40センチはあっただろう。山全体では、50~70センチで、いよいよ本格的雪山シーズン到来である。

 真木さんと田端さんいお目に掛かった。私などは問題ならないくらいに、山と親しんでおられるとの事。二人とも、やがて200回のレベルである。雨や雪に降られる事はなかったが、杉林の中は、雨具を着なければ濡れちゃう雰囲気。山頂折返しだけの山行であったが、帰りは日没を気にしながらの下山となった。

 

12/19 水っぽい雪だった。上に行けば質が良くなるとの思いには、スノーシューを履きたかった。閑乗寺公園ではキャンプをしている人達がいる。八乙女山の行き帰りには何組もの人達にもすれ違った。バカは私だけではない。しばらく歩いているとT女史に追い付かれた。

 「140歳まで生きるんでしょう。負けないで下さい。」 とのダンナ様のメッセージを担いで登って来られたようだった。そして、山頂まで付き合って頂いた。有り難い事である。明日の事もあるので、風邪を引いたらいけないと思い、20年以上前に買った上下のジャケットを着込んで臨んだ。しかし、暖かいが、水っぽい雪にはもう合わなくなっている。でも、なかなか処分出来ない。

 明日、何を言われるか凄く不安。大した事はないと思っているのに、悪い事ばかり考えてしまう。「なるようになれ!」 と大きく構えた方が良いのだろうか?



12/18 この丸一日全く面白くなかった。明日もそうなるのだろう。明後日の診察でどうなるかであるが、診察だけなら良しであるが、何か他の事を言われたら拒否するかもしれない。今は、何ともない。酒も風呂もない。こんなのは精神的に参ってしまう。

 明日は、八乙女山にでも、そっと(軽く)歩いて来ようと思っている。(お天気が悪いから、「山ノ神」は休業のようである。) その明日であるが、今年最後の山行となるのか、残りの休日も山に行けるか分からないが、落ち込んでると何もかもがダメになる。



12/17 風邪でもないのに何だか喉が可笑しかった。咳払いの感じで「うん 」 としたら、出血(鮮血)した。びっくりしたのと、降雪の後の山行や忘年会が控えてるので、早めの治療と思って出掛けた耳鼻咽喉科であったが、私の思っていたのと大違いであった。

 喉に、何か薬を塗って終わりのイメージであったが、鼻の中に管を入れられ写真まで撮るのだから魂消てしまった。喉 (食道か気管支か、それとも、また違った所なのか分からないが、何か出来ているらしい? もしかしたら、血の塊なのかもしれない?)

 「紹介状を書くから、月曜日に厚生連高岡病院に行きなさい。」 と言われた。「いや、月曜日は、登山だし、忘年会もあるので、火曜日にして下さい。」 と言うと、「登山中に失血して止まらなかったらどうする? 助かるものも助からなくなる。」 そして、看護師さんを呼んで 「奥さんに電話しなさい。」 とまで言われれば、分かりましたと言うしかなかった。

 登山はダメ。お酒も風呂もダメ。硬いものも食べたらダメ。と言われてしまった。ショックだった。医者に行かなければ良かったとまで思ってしまった。今は、何ともない。出血もなければ、喉の違和感も薄らいでいる。大袋に入った薬が奏功しているのかもしれない。月曜日はダメかもしれないが、条件さえ良ければ、日曜日にほんの少しでも歩いて来たい。

 

12/16 週末は大雪になるという。しかし、警報が出て、その通りになった事は少ない。でも、やっぱり警戒していた方が良いに決まっている。「平地での雪はいらないけれど、山ではたくさん積もって欲しい。」 などと、幾つになっても子供じみている。

 それでも、遊びであろうが、目標があるという事は実に楽しい。だから、何事にも頑張れる。バカげている事は、もしかしたら、途轍もなく凄い事のように思うのだから、やっぱり可笑しいのかもしれない。「何をしようか、何をして良いのか分からない。」 方々より、絶対私の方が楽しいし面白いと言える。



12/15 いよいよ師走も中頃。以前より慌ただしくなくなったような気がするが、それでも、いろいろな事で急かしくなって来る。その一つが年賀状。その年賀状にも、いろいろな考え方があり、どれがどうという事はない。しかし、私は、風物詩というのか、昔から伝わる風情を大事にしたい。そして、一年に一度であるが、「元気でいる。」 と伝えたいし、自己アピールの機会でもあると思っている。

 間に合うか間に合わないかとの格闘も、私にとって、年末の一大行事なのである。「来たか・・・」 と、すぐにポイ捨てされても、それはそれでいい。自分の心を大事にしたいだけ。それよりも、もらう事に期待している。もらうと実に嬉しい。



12/14 一昨日・昨日の入笠山(長野)三ツ峠山(山梨)は、今年最後の遠出となりそうだ。あと4回休日があるが、天候の良し悪しの他に忘年会もあり、おいそれと出掛けるわけにはいかないと思う。それでも、今年は、福井・石川・新潟・長野・山形・福島・山梨と、コロナ禍の中で、あちこち行った方だと思っている。

 来年は、このところ計画倒れになっている九州遠征を実現させたいと思っている。車中泊か、それともキャンプか、宿を組み合わせてになるか分からないが、計画段階が楽しいものなのである。まだ出掛けていない北海道と共に、如何に攻略するかは、経済的にも重要なのである。

 年配のドライバーは、かなり免許返納を考えておられるが、私は、もうちょっと頑張ってみたい。自営業で通勤距離もない私(達)であるが、結構走っていう。今の車は、6年ちょっとで、11万キロを超えた。「山では、遭難しないかしれないが、車で遭難すなよ!」 と、よく言われている。」



12/13 一旦、山を降って道の駅に泊まった。(なるさわ) 昨夜は、バーナーなのか、ガスなのか分からないが、不都合でお湯を沸かせず寂しい夕食となった。(入笠山でバーナーを雪中に落としたからか?) また、夜明け前の暗い中、ナビが違った所を案内し、しばらく戸惑った事もあり、三つ峠山登山口に予定より遅くなってしまった。それでも、午前6時半頃で一番乗りだった。

 お天気が良く冷え込んだ。雪は少しだったが、冷え込みカチカチであった。1時間くらい歩いて、念の為チェーンアイゼンを装着した。殆ど林道歩きみたいなやまなのだが、ずっと以前来た時は、カンジキを利用して歩いた記憶があるがよく覚えていない。

 山頂は風が強く寒かった。そして、冷たかった。それでも、富士山は大きく素晴らしかった。「山ノ神」だけでなく、本当に日本人は富士山が好きだ。でも、眺めていると、その気持が分かるような気がする。登り始めた頃は、清八山経由でも、大丈夫なような気がしたが、やっぱりコースタイムより遅れてしまったから、後々の事も考え、来た道を折り返す事にした。

 登山口着が午前10時半前だったから、余裕に自宅に戻れると思い、高速入口を、御坂一宮・甲府南を飛ばし、甲府昭和にしたら、20号線は結構混んでいた。それでも正午前に高速に乗れば、休息を入れてても、松本には午後1時に着く。沢渡・平湯辺りの山は、前夜に降雪があったようで、真っ白であった。神岡では雪が舞った。午後40分頃、自宅到着になり、忘年会には悠々間に合った。



12/12 「富士山を見たい。」 「富士山の見れる山に行きたい。」 と言う「山ノ神」の要望が、頭にこびり着いていたのか、それとも、このところ、近間の低山、それも、同じ山ばかりだったからかもしれないが、急遽、思い付いた甲信への山旅?飲食後7時間を待って出発したの形になった。

 平湯・安房では、1℃・0℃を記録していたが、難なく通過出来、入笠山沢入登山口には午前8時半頃着いていた。遅くとも10時までには到着していないと、ちょっと無理かなと思っていただけに安堵してのスタートとなる。20~30分ほど歩くと登山道に雪が現れた。気温が低いから雪は硬い。

 入笠湿原に来ると一面銀世界であった。しかし、雪量は多くなく、チェーンアイゼンが小気味良い。11時前、1,955mの入笠山頂に立ったが、風が強く冷たい。しかし、今回も素晴らしい展望であった。少し遠いが富士山も見える。南アも八ヶ岳も、秩父の山から、蓼科山や美ヶ原方面も。もちろん北アもである。名残惜しかったが、30分ほど山頂にいたが、次の行動もあり下山する事にした。

 沢入登山口には午後1時前に到着。次の山「黒岳」に向かうが、高速を使わず甲府を目指す。ところがである。明夕、忘年会がある事をすっかり忘れていた。最悪、そのまま出席するにしても、午後6時まで高岡に戻らなければならない。出来れば、入浴・着替・移動時間を考えると5時前に戻りたい。じゃあ、早く、速く登れば、帰れるんじゃない。

 黒岳には、15~16年ほど前、一度だけ登っている。その時は、お天気が良くなく展望も悪かった。そして、その登山口もよく覚えていなかったので、こちらも、同じ頃登った三つ峠山に変更する事にした。登山口を確かめた。夕暮れ時天下茶屋から富士山も眺めた。



12/11 明日明後日も、お天気が良くないようなので、ちょっぴり悄気げていた。それは、来週も良くないからである。今、長野・山梨の予報を見たら、意外と良い。でも、夕食にお酒を飲んでしまったから、寝てからになるが、ちょっこら出掛けてみよう。



12/10 雪が降る降らないと言っているこの時期であるが、私の心は、来春の雪中キャンプにある。この2年間、付き合ってくれる仲間がいなかった。いろいろあろうが、ちょっぴり寂しかった。「山ノ神」も、重荷を担いでまで行きたいと思わなくなったようである。

 ここ2年間、大地や初雪山に出掛けているものの、大地でのキャンプが遠ざかっている。その代わりではないが、金剛堂山では2年連続となっている。どれだけ絶景があろうが、飲食の時は寂しいし夜は長い。でも、私は頑なに目標に向かっての助走だと思っている。

 「80歳になっても、雪山キャンプ」 であるから、今から弱気では、とてもじゃないけど、夢は覚束ない。80歳まででなく、80歳になってもである。人生100歳時代到来を、我身で確かめたいのである。そのための装備であるが、あれもこれもを改めなければなるまい。

 私の行ける山は、1,500m~2、000m弱の山。大地・初雪山や金剛堂山、もう一つ付け加えるとしても、鳥ヶ尾山・鉢伏山ぐらいである。僧ヶ岳・駒ヶ岳となると、4月くらいにならないと、私の技術や体力では登れない。でも、好天に恵まれれば、この世に、こんな光景があるのだろうかと思ってしまう。

 2~3年前から、八乙女山・千石城山・城ヶ平山・牛岳などの低山でも良いから、キャンプをしたいと思っているが、なかなかその条件が揃わない。1m以上の積雪が欲しいからである。キャンプといっても遊びである。楽しくなくてはならないから。

 低山だと、何かあっても、短時間で下山出来る。また、重荷がダメなら、もう一度降りて、担げなかった分を取りに行って来ると、「山ノ神」には、常々言っているのであるが、「山ノ神」には、その情熱はないらしい。だからじゃないが、何事に置いても、燃えなければ面白くない。人生これからの思いが強い。



12/9 今日のお天気は、青空が広がり暖かかった。先日の私達の休日は雨。そして、今度の休日(日・月)の予報も良くない。このような状態では、誠に精神衛生上良くない。(笑) 雨ばっかしという事もないし、晴ればっかしの事もないと分かっていても、ついつい愚痴が出てしまう。一年を通じれば、帳尻が合うハズなのにね。

 13日(月)20日(月)に忘年会がある。久々の飲み会である。当然夜に行われるのだから、日中は、当たり前のように山へである。今のところ、両日とも、予報は良くない。時雨そうな感じである。でも、山に行かなければならない。何で・・・・  (笑)



12/8 ここへ来ての難題3件の内2件が片付いた。一つ目は、まだ新しかったプリンターだったが、どうにもこうにもいかなくなり、ネットで購入した。(その時点で、量販店では2~3週間待ちだった。) ところが、PCとの接続を、今まで自分でやっていたのに、今回はWiFiもあって、なかなか出来なかった。(それよりも、もう取説の理解が出来なくなって来ている。) 娘の手助けを得てしまった。

 2つ目は、レンタルサーバーから、カードの期限が過ぎて支払いが出来ないとの連絡があったが、ドメイン・アカウントなどの記入法が違っていたのか、なかなか繋がらなかった。問い合わせ(これもネット)で、ようやくスムーズにいくかと思ったら、パスワードが違うという。忘れたから再設定したいと申し込もうとしたら、アドレスが登録してあるものと違うという。もう頭が可笑しくなって、一週間ほど放っておいた。

 しかし、このままでは、HPがダメになってしまう。「止めてもいいや!」 と言っていたものの、やはり何とかしなくてはと頑張ってみたら繋がった。(同じことをしていたのに・・・) 再登録完了かと思いきや、ドメインの期限も迫っているとの連絡あり。またまた支払いの手続きとなった。ようやく、これで終わりかと思っている。後は、PCを買い換える時のバックアップなのであるが、やっと動いているPCではあるが、年賀状が終わるまで頑張ってもらうことにする。



12/7 雨。「山ノ神」は行かないという。それはそれで良いと思う。でも、私は山に行く。平地では歩けないが山なら歩ける。それは、いつも語るように、トレーニングジムのように思うからかもしれない。そして、バカ・アホ・キチガイと言われるのが、快感となって来ているのかもしれない。いやいや、勲章をもらった気持ちになっているのかもしれない。

 「雨が好きなのですか?」 と問われた事がある。そんなハズがない。「休日は山に・・・」だから、雨の日もあるわけで、雨を好き好んでいるわけではない。濡れるし、寒いし、グチャグチャになる時だってある。でも、時たま、神秘的な光景に遭遇する事がある。

 また単独行だと、ブツブツ言いながら歩いたり、下手な歌を口遊む事だってある。たまには、名文が頭を過ぎる事だってある。(すぐ忘れるけど) でも、本当のところは、何でなのか分からない。どれだけ足腰が衰えないためにと思っても、歩いていても衰えていく。悲しい事である

 歩かないより、歩いた方が良いだろうくらいにしか思えないのだろうが、階段があるから鍛えられるなどと、自分に暗示を掛けているだけかもしれない。でも、イヤなのである。容貌もそうなのであるが、だんだんと萎んでいく様が、イヤでイヤでたまらない。頭はとっくに諦めているが、それでも無駄な抵抗は惜しまない。

 今日は、「山ノ神」が、いない事もあり、メリハリを付けて歩いた。ゆっくりと物思いに耽ながらもあり、足早に階段を駆け上がったりもした。雪量がなく、グチャグチャの所などは、転ばないようにである。雪量が増えれば、小佐波御前山も結構楽しめる山である。



12/6 起きたら雨。ありゃりゃ! 起きて来ない「山ノ神」に、「行くか行かないか、ハッキリしてくれ!」 の捨て台詞となる。ようやく、最近ご無沙汰の尖山・来拝山を目標にして立山町方面に車を走らせる。お天気が悪いと八乙女山や小佐波御前山となる事が多く、ちょっと違ったところとなった。

 でも、雨である。気温が低めだから、高度を上げれば雪になるのではとの思いから、アルペン村を過ぎたところで、極楽坂山に舵を切った。一応タープを持参している。遅い時間に出たから、林道の何処まで入れるかになったが、白樺平?辺りまで入った。

 ダメなら戻ろうであったが、俄然闘士が湧いてきた。でも、「山ノ神」は相変わらず、牛・丑・うしの歩きである。「途中で止めようか!」 とまでいう。結果的に山頂を踏んだが、景色はなし。小雨であったが止まなかった。あったのはクマの足跡ばかり。昼食は、どうしようかとなったが、雪量が少ないし、杉林の中でタープを張った。

 下山する頃になり、少し対岸の山が見えるようになった。大辻山が大きい。立山周辺も、中段辺りだが見えてきた。積雪は20~40cm。急斜面は、当然雪が少なくズルっといく。気を付けて、時間を掛けて降りた。



12/5 予定より1時間程早く、八乙女山展望台駐車場に着いた。今日の山行を、かなり諦めていたが、それでもトレーニングというのか、「休日は山に・・」 を貫きたかった。「山ノ神」も同行となる。予想通りグチャグチャであったが、思ったより雪量があり、上部では正に雪上を歩く感じとなった。

 例の如く、「山ノ神」は東屋で大休憩。その間、私は山頂周遊に出掛けた。東屋に戻る途中、福野の杉本氏 (白木峰でお世話になった方。車に乗せてもらったのに、同氏の靴をもって帰ってしまったという不始末をしてしまったのである。)

 覚えて頂いたのである。お世話になった方から、声を掛けて頂けるのだから光栄としか言えない。またお会いしたいものである。私は東屋でコーヒーを頂いて、今日の予定はお終いであった。下山時に、もし長野・山梨の予報が良ければ、今夕から出掛けるかと言ったものの、あまり良いとは言えない予報で断念する事にした。 (「山ノ神」落胆!) もっとも、義姉から、お歳暮が届くという連絡があったのも作用したかもしれない。



12/4 明日の山行は午後から。したがって、八乙女山か小佐波御前山になるであろう。予報が変わった。月曜・火曜日も良くないらしい。自然に逆らうわけにはいかないので順応するしかない。

12/3 「夏タイヤなら電車で来て欲しい。」 言ったら、レンタルタイヤ15,000円でやって来た。それも夜中を突っ走ってやって来たようである。夕時の食事は、ムコ殿が8時半過ぎにやって来てくれたが、娘は仕事が片付かず、11時でもまだ職場だったから、もしかしたら泊まり込みだったかもしれない。

 そんなわけで、たくさん食べて、たくさん飲んだ。そして、喋った。息子達は、日曜日の朝までいるようであるから、自ずと遠征は取り止めである。良かった! 「富士山を見たいという遠征」 は、入笠山・三ツ峠山・黒岳・大菩薩嶺・茅ヶ岳 を候補に上げていたが、どの山も何回となく行っている山であり、無理する事などない。



12/2 明日、大阪の次男夫婦がやって来る。その後の予定が、明らかでないので私達の山行も、どの様になるかわからない。せっかくの3連休だから、富士山の見える山に行きたいと、「山ノ神」が、私の尻を叩いていただけに、もしかしたらとなるかもしれない。

 陽の短いこの時期に、またまた、「夜行運転をさせるのか?」 と言いたいし、予算がないからと、車中泊も辛い。ガソリン(軽油)が、高止まりしている今日、何も遠い所に行かなくてもと思うのであるが、息子の来高は、凶と出るか吉と出るか、明日にならないと分からない。



12/1 今年も師走が駆け足でやって来た。何をやったという事もなく、残り一ヶ月となったのである。一年は、20歳の時は1/20、50歳の時は1/50だったのに、今や、それと比べれば、あっという間の一年である。

 しかし、終活とか言って、これからの人生を、肯定しない方々と比較すれば、私には、まだたくさんの時間がある。「山に行きたいから仕事をしている。」 「山に行きたいから元気でいる。」 のであるが、「何をバカ言っているのか・・・」 と呆れている方が多いようである。

 140歳まで生きるのであるから、周りの方々も元気でいてもらわなくては、知り合いがいなくなってしまう。 こんな事を言いながら、速いもんで4年経ってしまった。好きな事をやりながら、人様との交流を大事にする。一人では生きていけないし楽しくもない。

 でもね。忘れる事も加速している。そして、難しい事がイヤになる。取説の理解がなかなか難しく、人様に頼りたくなる。新しい事に取っ付き難いが、今日は思い切って、コインランドリーに入ってみた。お金を投入して、洗濯・乾燥を手順にすれば何となく熟せた。しかし、プリペイドカードの購入やその使い方、タッチパネルとの関連は、新しいシステムだったのか、係員に教えてもらわなくては理解できなかった。頭は衰えても、口と笑顔で大概の事は乗り越えられるように思うが・・・