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9/30 帰路になる一日は、「山に登りながら・・」が、私の考え方である。岩椙山や笠ヶ岳を温めていたが、出来るだけ簡単な山に切り替えた。まず、休暇村の横から登る「村上山」など名も聞いたことがなかったが、標高の割にはコースタイムが短かった故選んだ。国有林だからであろうか、登山道が整備されていて歩き易かった。カラマツ林も良く、紅葉時はまた違った味があると思わずにはおれなかった。休暇村の駐車場に戻って、志賀高原に向かった。いつの間にか有料道に入ってしまったが、火山ガスのために規制されている事も有り、ここしかなかったようである。
リフトに乗れば山頂まで行ってしまう「横手山」に登った。もちろん、リフト沿いの登山道である。以前来た時と反対のところから登ったようである。(渋峠)山頂のヒュッテは、何故かパンなどで有名であるが、私はあまり興味がない。何処ででも山頂に表示があり困ったが、祠と三角点のあるところを、山頂にして認めた。
志賀高原から自宅までは、富倉峠・妙高・直江津を経由して下道を走った。一部「山ノ神」に運転を譲ったが、ほぼ私が運転をした。午後7時半前に着いたのであるから速いと自分で思っている。
9/29 昨夜は、「上田道と川の駅」に泊まった。昨日もそうであったが、上田から菅平に行く道も、何回か来ているのに全く覚えていなかった。私達のスタート地点は、四阿山も根子岳も同じなのである。今回は、根子岳からの方が、登り易いという「山ノ神」の希望通り根子岳を目指した。でも、「始めから根子岳だけ・・」の思いが「山ノ神」にあったようだった。
復帰山行だけにゆっくり歩いた。それでも倍の時間は掛らない。そして、雨かと思っていただけに、それが良いようにハズレ、まずまずの展望を得る事が出来た。私だけが、根子岳から四阿山を往復する事を考えていたが、その間の「山ノ神」の事を考えると、やっぱりダメだと思った。もうそのような脚力なない。また、不徳の事態があった場合などを考えるに、そのような事は、もう止めなければいけないのかもしれない。
でも、小一時間をもらい、四阿山寄りに歩かせてもらった。そこは上から見ると、グリーン地帯で、私の好きな雰囲気なので、最低鞍部近くまで降り登り返した。下山もゆっくり。キャベツ畑を眺めながらであった。途中、東京から来たという女性と出会った。コーヒーを飲みながら、少々お話をしていたら、一緒に降りると言われた。でも、お話しながらであるから楽しいに決まっている。
のち、今日の宿泊地、「休暇村 嬬恋鹿沢」に行こうとしたら、「浅間山を見たい。」「キャベツを買いたい。」などと言う「山ノ神」の希望を聞き車を走らせた。休暇村では、いつもサービス期間を利用し経費節減(ケチをしていたが・・)今回は、一品料理を二つも頼んだ。(大サービスであった。)
9/28 tomoさんと、初めてお目に掛るまりんさんの3人で城ヶ平山~ハゲ山に行く予定であったが、tomoさんに急用が出来、城ヶ平山で引き返される事になってしまった。それでも、城ヶ平山まで来てくださったのだから、感謝しかあるまい。のちハゲ山までは、初めてお会いした年寄りと、一緒するまりんさんは、不安がいっぱいだったに違いない。それでも一緒して頂いたのだからこれも感謝しかあるまい。
途中、元気の塊である佳子3さんに出会った。ダンナさんと共に、偶然お目に掛って元気をもらって来た。今回も、そのエネルギーを頂いた感じ。「何処か一緒に歩きたいね!」も、きっと夢と終わるでしょう。ハゲ山では、それこそ、いろいろな方々とお目に掛った。たくさんお話をさせてもらった。これからは、このような低山歩きが主流になるかもしれない。
城ケ平山に戻ったら、今度は、hitomiさんに会った。どうしたのだろうと思ったが、嬉しいに決まっている。tomoさんとhitomiさんの名を呼ぶにつけ、何度となく間違った事があっただけに、その顔を知らない当人達は会いたかったに違いない。
この山行に「山ノ神」は参加していなかった。「ちょっとでも遠いところ。」「出来れば歩く時間が短いところ。」最近の「山ノ神」の志向である。それを叶えるためと、山への復帰を兼ねて、登れるか登れないかは別にして、四阿山・根子岳方面に行く事にしていた。松本経由で上田まで行く事が出来、車中泊である。泊まれば飲めるのであるから・・。
9/27 何となく、今月の累積標高に物足りなく、暗がりから二上山を歩いて来ました。二上山に登って、どうなるわけもないのですが、それは、私の気持ちの問題です。起きるのは、やっぱり辛いのですが、起きてしまえば、そちらの方に足が向きますし、歩き始めれば気持ちが良くなっていきます。曇りがちでも、陽が雲間から覗き始めれば、「曇りのち晴れ」となり、気持ちの良いものです。
9/26 今度の3連休の予定が決まった。でも、必ずしも予報は良くない。でも、そのような事に怯んでいては何処へもいけない。私のような爺さんでも、一緒したいと言ってくれる方があったら、喜んで行かなければなるまい。そんなのに、「山ノ神」が来るかどうかは分からないが、日月に、「山ノ神」と遠出を約束した。私よりも、「今の内に遠くへ行きたい。というのであるが、歩くのは短く(簡単)で良いというから私は迷う。
この先どうなるか分からないが、最早、来春の大地・初雪山心が動いている。大好きな小白木峰や、年中登れる金剛堂山、そして、僧ヶ岳にも行きたい。登れる範囲は狭まって来るが、「まだまだ・・」という意気込みで臨んでいきたい。
9/25 今朝は、怪しいお天気であったのですが、暗がりから二上山を歩いて来ました。それでも結局は降らず、いつものコースを歩いて来ました。記録を見ると、平成9年から数えて100回目らしい。(その先の記録はない。)二上山の100回は、大した事はなく、それこそ、1,000回の方もあるやもしれない。しかし、毎週のように(週一)に登っても、100回になる時は、2年の歳月が必要なのである。今は、高度がないから、100回以上登る山のカウントには入れないが、もう少しすると(たくさん歩けなくなると)、二上山がメーンになるかもしれない。
9/24 「山ノ神」が出掛けてから今日で4日目。まだ一回もご飯を炊いていない。しかし、洗濯や後片付けなどは、ちゃんとしている。昨日の山帰りにスーパーに寄った時、野菜を殆ど食べていないのに気付き、何となく、すぐ食べられるものを買った。また、ビールも、いつも以上に飲まない事に注視していた。しかし、夜中に足が攣って起きたことが二晩もあった。「歩き過ぎか?」「野菜不足か?」「寝不足か?」「食事の中味からして、飲み過ぎか?」分からないが、四つん這いになり、台所に行き水を飲んだ。「嗚呼、もしかしたら、水分不足」だったのかもしれない。
今晩、「山ノ神」が帰って来る。食事に気を使わなくても良くなるが、”かかあ天下”になる。何もかもいう事を聞いてくれる女房殿に憧れるが、そのような人(女房殿)は、この世にいるのだろうか? また、私の山人生も、あと僅かだと思っている。(でも、そう在りたくないと思っているが・・)残り少ないのだから、思い通りにさせて欲しいのであるが、「山ノ神」は、「遠くで、あまり歩かなくても良いところに連れて行けと言う。」「もう少しだからと言ってもダメか?」「山ノ神」が寝ている時間に、二上山に行くしかないのかもしれない。
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9/23 岩城君と、クズバ山、そして、中山に行って来ました。疲れましたが、元気をいっぱいもらいました。劔岳も歓迎してくれたかのように、ステキな姿を見せてくれましたし、いろいろなパターンを用意したかのように、その山容の数々をを見せてくれました。余裕の岩城君は、私に奮い立たせたいためか、疲れたかのように、後方をゆっくり歩いていましたが、イザという時は、その馬力が、何処に潜んでいたのかと思わせるような、俊敏な動きをするのでした。彼から見たら、かなりの年寄りに見えるのか、随所に「大丈夫か?」と声もかけてくれました。
登り始めから2時間半で、山頂に届いてしまったご褒美かのように、2時間も山頂に留まる事が出来たのでした。祝日だからでしょうか、結構の人出がありました。今夏一人でやって来た時は、猛暑も手伝ってか、誰もやって来なかったのから比べれば、今回は天国でした。luluさんカップルやI氏とも出会いました。
岩城君は、私の願望を取り入れてくれ、どうでもいい中山に付き合ってくれました。感謝しかありません。名山歩きでもないのに、拘りから発した「私の山歩き法」は、一回や二回登っても、その山の事は、よく分からないハズ、ましてや、時間の経過に連れて忘れていく。「何回も登っておれば・・」からのもの。もしかしたら、危ないところへ行けなくなったのかもしれません。
9/22 大辻山も、もう少しで100回になる。(97回目)このところ、ずっと、鳥越峠から登っているのは、高峰山も登りたいからに他ならない。(51回目)高度差は少しあるが、その分静かさもある。山頂でステキな女性お二人に出会う。ニコたんさんと、ひかるちゃんである。(ニコたんさんは、ご主人と共に、元さんをフォローしてくださっているというから、私にとっては大事な人 笑)そこに、牛岳でお目に掛った魚津の殿様(松倉氏)が登場で、3人で撮るために、シャッターを切ってもらった。同氏は、私より年上の方だったハズ。
ニコたんさんとひかるちゃんを、鳥越峠経由の高峰山に誘った。その間、ずっと、喋り通しだった。さすがの私も、時々、喋るのを休まなければならなかった。でも、楽しかった。彼女ら、お二人の年齢を足しても、私の歳には、はるかに及ばないのであるから、不思議な違った世界にいたような気がする事も有った。でも、今日から山友です。嫌われなければですが・・
お二人と別れてから、尖山から声が掛った。「おいでよ!」である。昨日から明後日まで、私は自由の身である。やっぱりいい事があった。5人の熟女達の中から、「元さんでは・・」と声をかけてもらい写真に納まった。(大辻山白岩コースに行かれたのだが、何だか雰囲気が可笑しく、引き返された言われていた。)そして、山頂では、白髭の男性と、短い会話だったけれど、「また、いつか・・」までの話が続いた。
9/21 馬場島に行ったら雨になった。始めから雨、そして、流石の私でも引き下がる。でも、山から市街地に降りて来ると雨は上がった、どうしようかと思いながら、自宅に向かって車を走らせていたが、途中から、急旋回して小佐波御前山に向かった。登り始めてすぐに、堀シェフグループに遭遇。嬉しかったが、一緒するわけにもいかず、「サヨナラ」であった。
今度は、白木峰でお会いした蔵川女史に出会った。今日は、最後まで同女史と一緒した。たくさん喋った。「私も喋れるのだな!」と思った。でも、お会い出来た方々に、「次はないかもしれない!」とか、「もうちょっと、早く出会えたら良かったね!」を言ってしまうが、「いついつ、○○に行きましょう。」とか、「○○行きませんか?」の方が良いのかもしれないね!
9/20 今朝、これからの山行を、どのようにしたらよいのかを考えながら歩いた。でも、結論なんて出るわけがない。「体力・気力が落ちていく。」「直近では、日照時間が短くなってくる。」「山ノ神との兼ね合いがある。」等々。意欲と惰性が交互にやって来る。「なんて弱い人間なんだろう?」と思ってしまう。
明日から「山ノ神」が、友人と東北旅行に出掛ける。(9/24まで)この機会を利用して、思い切り好きなところへ出掛けようかと思っていたら、「山ノ神」は、家のカギを掛けれない。(まだ手が延ばせない。)そして、夕方には、荷物が届くとまで言う。そして、雨になった。気勢も削がれてしまった。取り合えず、明日は時間内の山行とするしかない。
9/19 YAMAP上の話であるが、昨年の獲得累積標高が、富山県で第3位であったと、そのような事を知らない私であったが、思わずびっくりしてしまった。それなら、1位・2位の方は、どれだけ登っておられるのかと調べてみると、私には手が届かない程の累積であった。それを知ったのは、春の真っ最中であったから、「それなら、今年はと思っても、ちょっとばかり、遅かりしの状態だった。」
それでも、ちょっとだけ、頑張ってみようかと思うのであるが、私には、私的な障害(壁)があった。「山ノ神」との山行や、山仲間との交流などに、時間を割きたいからである。だから、そのような事は結果であって、私には、機会があれば登る的な事で、あまり、それに拘らないつもりである。しかし、私の年齢からすると、そのような事を狙うには、今しかなかったような気もする。
9/18 週一で仕事前の二上山は、大概木曜日としている。前日の予報では、気温は下がり一日中雨の予報であった。「明朝は無理する事はなく、翌日でも、翌々日でも良いと思っていたが、朝起きてみると(蒸し暑くあまりよく寝られなかった。)、4時過ぎであったが、まだ雨が降っていなかった。そして、短い時間であったが朝焼けになった。
「まだ、降らない。行こうか?」と迷った。その内雷鳴が轟くようになり、少し時間を置いて雨になった。あのまま出掛けていたら、下山中の雨に遭ったのだろうと思った。その代わり、不燃物の集積場で、その雨に遭いビシャビシャになってしまった。
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昨日から、ちょぴっとであるが、「山ノ神」が、お店に出て仕事をしてくれるようになった。また、僅かとは言え、私の外出時に留守番をしてもらえるのも助かるようになった。
9/17 昨日の玉ちゃん先生から、10/2にレントゲンを撮って異常がなかったら、黒部まで足を延ばす事はないと言って頂いた。その間「転ぶな。」「重い荷を担ぐな。」とも言って頂いた。
幸い?来週の「山ノ神」は、友人と4日間の東北旅行に出掛け山には登らない。その事で食事は難儀するが、好きな山に思い切り出掛ける事が出来る。しかし、予報は、必ずしも良くないような気がする。(弱った!困った!)
9/16 転び難く、歩き易い山を探し出すのは難しい。😊ましてや、二人の満足度にも影響して来るのであるから・・。そう言いながら、だんだん落ちていく体力との戦いみたいなものである。「他人様には、140歳まで・・」とか、「まだまだ・・」とか粋がっているが、いい顔を続けるためには、それ相当の努力が伴わなければいけなと思っている。
「あの人は、ちょっとバカなのではないの?」「こんな日にまで・・」「他にやる事がないのかも・・」と言われても、それをエネルギーにすれば良いだけの事である。言い返せば、「褒めてもらっている。」と思えば、逆に楽しくなってくるというものである。もう一つ、「悪口を言わない。イヤなことは言わない。」に徹すれば、何事も上手くいくような気がする。
9/15 雨覚悟で出掛けた白木峰。やっぱり行ってみなければ分からない。そして、たくさんの方々とお話し、とても楽しかった。「山ノ神」のリハビリ山行であったのに、「私のため?の山行となったのでは・・」と「山ノ神」は呟いていた。
家に帰ってからも、いつもの「山ノ神」と違っていた。「歩き足らなかったのでしょう?二上山に行って来たら?」であった。そのお陰で、ステキな「はんみさん」にお会い出来たのであったから・・・ 今日は、ビューティフル! ワンダフル! 何でもいいや!(笑)
9/14 自業自得と言えども「山ノ神」のイライラが最高潮?に達しているような気がする。「山に行けない。」「車がない。」明日で、ケガから3週間になるというものの身体が思うようにならない。(左肩の骨折)でも、私を山に行かせてくれた。おにぎりと、少々の果物も準備してくれた。なのだが、帰宅すると、機嫌が良いハズがない。飲ますしかない。(笑)
9/13 今日は二上山に出掛けた。雨降るかと思って大きな傘をもって出掛けた。しかし、降らなかった。そんなんだからでもないが、ちょっと違ったところも歩いてみた。今朝のお天気は、陽こそ出なかったが、見通しが良く、日頃のスマホで撮る写真と違うように思った。雲の感じが好き!すっきりではなかったが、立山連峰が好きな感じで撮れた。富山湾と撮れたのも良かった。
時々、お目に掛るmasajyさんとお話をした。「奥様と北岳・間ノ岳に行って来た。」と言っておられた。そのような方だから、スーッと消えて行かれた。
YAMAPで、木こりさんが、八乙女山に行って来られたのがUPされている。元気な方である。すぐに元のように歩けるようになられるでしょう。嬉しい話題であった。
9/12 午前中の高岡は雨ではなかった。今日も早く目が覚めた。二上山に行っても良いと思っていたのに、何故か、もう一つその気になれなかった。「休日は山に・・行っているではないか?また、週一の仕事前の山行(二上山)にも行っているではないか?」次から次へと言い訳じみた文言が出てくる。これが危ないのである。所用が出来たり、体調が悪い時もあるだろう。そんな時のために、今の内、稼いでおくのも一つの手なのである。しかし、身体には蓄える事が出来ないかもしれないが、何かの役に立つのは間違いない。ダメだった!
9/11 今朝4時前に目が覚めた。まだ真っ暗である。もう少し寝ていようと横になって、次に目が覚めたのは、5時を過ぎたところであった。どうしようかと迷った。今日の代わりに、
昨日二上山に出掛けている。今日も出掛ければ、5日間連続となる。「お天気も左程良くないし、どうしても行かなければならない事もないだろう。」と、悪魔の囁きのようなものが、何処からとなく聞こえて来たのである。
結果的に起床したのは、6時少し前。顔を洗ってコーヒーを飲んだ。スマホも点検してみた。そして、風呂に入った。こんな日もあって良いのではと思ったが、流され易い自分の性格だけに、目標があるのなら、後は、きちんとしなければならない。
9/10 雨予報であったが、降ってなかった。それどころか、どんどん、お天気が良くなっていくのには驚いた。今日は、ちょっとだけ、スタートが早かったのと、一日に1分程度、夜明けが遅れていくのとで、スタートは真っ暗。それでも、ヘッデンを点けて歩き始めた。少し歩けば目が慣れて来るし、夜も徐々に明けて来る。
本当は、週一で、明日登る予定であったが、起きてみて、今日も歩けると思ったのである。明日は、「どちらでも良い。」で、行かなくてはならない(歩かなくてならない)私でも、気が楽である。
9/9 今日は、「山ノ神」が、玉ちゃん先生に診てもらう日。(リハビリも・・)その日を、休日に宛がうのは私としてはちょっと参る。でも、3~4回(3週~4週)くらいは仕方がないかもしれない。我家には、車が一台しかない事も有り、思うようにはいかない。それが良いところもあるが、窮屈さは歪めない。でも、玉ちゃん先生のはっきりしたアドバイスに、今日も元気をもらって来た。
家に戻ってから、また二上山に行こうとしたら、「また行くがけ・・」と詰るような声で「山ノ神」が言った。では、奥の手を出さねばなるまい。万葉ラインに車を乗り入れ、大伴家持像前に車を止め、城山まで往復するというものであった。(「山ノ神」は、林道歩き)それでも、山の雰囲気は少々あり、家に戻ってからのビールは美味かったようである。
あっ、そうそう、今日は、玉ちゃん先生の黒部へ行かなくてはならなかったので、山は、牛岳とした。時間に戻らなくてはいけないプレッシャーがあったが、荷を小さくしたせいもあり、快適に登る事が出来た。予定より1時間半程、早く降りて来た事もあり、家に戻って、やり残した事を片付ける事が出来た。そして、牛岳187回目になった。やっぱり200回になったら、何かせねばなるまい。
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9/8 雨は降り続いていた。「休日は山に・・」を貫いている馬鹿者の私は、その頃合いを探っていた。時間の経過と共に、県西部で屋根のある所となると、八乙女山になってしまう。ちょっと小降りになったと思って、スタートしたが、ワイパーを全開しても、見難いほどの時もあったが、何故か、庄川町に近付いて来た頃から、雨が小降りになって、終いには止んでしまった。
今日は、「山ノ神」が付いて来た。私の山行中、近くをウロウロするというのであったが、ちょうど雨が上がって良かったのである。しかし、2時間半~3時間程の間に、桜が池に行って来たというのだから、びっくり・・。 急ハンドルや、ギアの上げ下げに不安があったのに、よくぞという感じであった。下山開始の連絡をし、こちらの方が早いだろうと思い、林道歩きをしたら、展望駐車場で、コーヒータイムとしていた。
雨は降らない事もあり、家に帰ってから、再び二上山に行った。いつもの同じコースであるが、何だか落ち着くのである。これで日中の二上山は2日続けてとなった。
9/7 結局の白木峰山行は、tomoさんとtomoさんのお母様と私の3人となった。tomoさんとは、lineで繋がっているものの、お目に掛ったのは白木峰での一回だけ。(tomoさんは、もう一回会っていると言ってくれるが・・・)そして、お母様は、初対面でお花は好きだが、山登りは、あまりやっていないとの事。驚いたのは、私より三つも年上の他に、両足に人工関節取り込んでおられる事であった。でも、志気は高く、歩き方を見ていると、執念のようなものを感じてしまった。
ゆっくり歩いた。あ花は限られたものしかなかったが、雲が湧いたり、消えたり、そして、風が心地よく吹き抜けたり、時には、頭の上から陽に照らされたり、目まぐるしく変わったが、全般的には、快適な登山日和となった気がする。そのお母様であったが、まさか浮島まで行こうとされるとは思われなかったが、前向き思考からか、浮島までは行けなかったものの、北白木峰の標識を超えられたのである。そして、我々が、浮島まで行っている間に、趣味のスケッチをされているとは、本当に魂消てしまった。
山頂で軽い食事をしていると、蔵川女史一行が着かれた。(lineで繋がっているのに、完全に忘れていました。すみません)そして、お話が上手な女性軍団だけに、面白く楽しく過ごせたのであった。また何処かで、ばったりお会い出来ればと思うのであるが、物覚えの悪い私だけに、また失礼をしてしまう懸念がある。「でも、楽しい。次何処?とお約束すれば良かったかも・・(笑)」
気の合うtomoさん、長く一緒に歩いた事はないが、スノーシューとかカンジキとか、もう雪山の話になってしまった。私の大好きな大地・初雪山にまで、一緒してもらえるなんて思っていないが、きれいな雪山を、一緒に眺める事は出来るだろう。今日は、お母様と一緒だったが、これも、良き想い出となったような気がする。
YAMAPでも述べたが、白木峰から帰って、もう少し、歩きたくなって、珍しく日中の二上山に出掛けた。そこで、「海」さんに出会った。お名前は、YAMAP上で知ってはいたが、初対面?だったと思う。お会いしてから、私の定番ルートに付き合ってもらった。面白くもない私の話を、「うん、うん」と聞いてもらった。華々しくはないが、熟年の重みある会話は、それなりに?お互い胸にぐっと来るものもあったように思った。時々、お目に掛れないと、忘れん坊の私は、また「アナタ誰だったけ・・?」となる懸念がある。(笑)
9/6 明日は、ひょんな事から、白木峰に行く事になった。メンバーは異色。(お楽しみに・・)どのような歩きになるか全く分からないが、それもスリリングかもしれない。それよりも、お天気が予報通りもって欲しい。
9/5 埼玉の甥(姉の長男)から電話が掛かってきた。一瞬不吉な予感がしたが、全くの久しぶりの事だけに、「どうした?}と問うてしまった。世界中飛び回っている(一年を通じて半分も家にいないらしい。)そんな甥が、金沢・氷見・能登にやって来たらしく、新幹線で帰るまで、我家に寄るというのであった。
そうなれば、3時半頃から、店じまいをし飲み始めてしまった。私と20歳違うが、話題が豊富で実に楽しかった。
9/4 今日は忙しかった。暗い内から、二上山に出掛け、午前中は仕事。午後から休業して、黒部市民病院でMRI、そして、玉ちゃん先生のところへ。左肩骨折の他に筋の断裂が心配だったが、「少し切れていたが、手術する程ではない。」との説明を頂いた。良かったのだが、これから長いリハビリが続く。
9/3 昨日は、行けないと思っていた白木峰に行く事が出来、そして、利賀の道の駅、304号線などでゆっくりし、目的であった城端で所用を終えて帰宅した。珍しく二人とも機嫌が良く、あったビールを全部飲んでしまった。その事とは関連しないと思うのであるが、29℃の我部屋で、汗をでびっしょりとなって、午前2時に目が覚めた。
それからというもの、少しは、うつらうつらしたものの、寝付かれず4時頃に起きてしまった。もちろん、やり残したHPや、その他の事など、する事は数多くあったのだが、そう事もあり、じっとしていると眠くなってしまった。明日は、「山ノ神」のMRIの事で、黒部まで送らなければならず、午後から休業の予定である。もちろん、その先に、週一の二上山に登って来るつもりである。そうなると、次の休日は、すぐにやって来る。
9/2 「山ノ 神」左肩骨折から、まだ9日目なのに、林道歩きと言えども、ちょっと無謀だったかもしれない。自分から山名(白木峰)を上げてなのだから、「自己責任」そのものであった。
結果オーライであったが、ヒヤヒヤもんであった事は間違いない。しかし、残りの人生を考えると、「やりたい事」を、「どのようにやるか?」も大事な事のように思う。
「山にしか行かない。」亭主と一緒だから、選択肢が少ない中の苦肉の策だったのかもしれない。人生の先輩方々、そして、同輩がいなくなっていく中、「迷惑を掛けないで・・」
は、非常に難しい事になっていく。「ちょっとでも元気でいよう。」少し欲張りの夢(目標)を持って、この先の人生を歩みたい。
9/1 割と簡単に届くと思っていた中山・クズバ山だったが、暑さにやられた。いや、歳を食ってしまったからかもしれない。だんだん活動範囲が狭められていく中で、
その存在感を如何様に発揮出来るかに掛かって来るかもしれない。冬になればとか、雪が積もればなんて思っていても、実際には身体が動くかどうか分からない。歳を取るのは
こんなに辛いとは・・・・・。でも、私が、ずっと元気でいると、後の人達の目安が、上に伸びる事は間違いない。