
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
10/31 今朝も、二上山に出掛けた。もちろん、仕事前だから暗がりからである。昨日は、陽が昇るまで時間を要したので、反対側から登り、日の出の時間ぴったりに合わせるつもりであった。しかし、自然は自分の思うようにならないものである。その時間にならない内に、空は真っ赤になった。私は、見通しの悪い道を歩いていただけに、焦りながら高所に駆け登った。
ほんの僅かな時間しか燃えなかったようで、私が、スマホを向けた時は、その赤色は剥がれ落ちそうであった。その証拠に4~5分後には、何もなかったような空(空間)になっていた。その後、昨日のご来光場所に行ったが、太陽は昇って来なかった。そして、高所の山並から白い雪だけが、私の目に飛び込んできた。
10/30 二上山の一つのピーク城山で、ダイヤモンド剱を仰いだ。(その語源・意味は正確ではないかもしれない。)剱岳の真上から、陽が昇るのを見るのは、富山県人、いや、山を愛する者にとって格別である。ちょうど、その場所にkikuさんがおられた。(何年か前に、YAMAPのメッセージで、やり取りをしていた形跡があったが、全く忘れていた。ゴメン!)
そのkikuさんと、30分くらいであろうか、陽が昇るのを待つ時間と、美味しいコーヒーを頂いた時間である。もしかしたら、初めてお会いしたのにであるが、その僅かな間に、たくさんのお話をした。二上山の事から、雪山の事まで。そして、「山ノ神」の事から、マラソンをやられるダンナ様の事まで。あっという間に、時が過ぎてしまった。私には、仕事がある。またの機会を楽しみにします。
11/29 今朝は寒かった。明日も同じくらい寒いようである。だんだん夜明けが遅くなっていくので、仕事前に、二上山へ出掛けるのが厳しくなっていく。ルートを変えて(短くして)でも、出来れば続けたい野心がある。昨年、富山で(YAMAP)累積標高1位の方の記録まで、あと、26,511mになった。その方の今年の歩きは分からないけど、それを目標に頑張ってみたい。
一ヶ月1,300mは、高所に行く機会が少なくなるのと、日照時間が短くなる時期としては、ちょっと辛い。しかし、この歳で、チャレンジ出来る機会なんて、そうそうないような気がしている。二上山に、あと何回行けるかが勝負となるような気がする。
10/28 今日は、二上山と八乙女山に単独行となりました。「休日は山に・・」を、何があっても貫いている私に、「山ノ神」も疲れるのであろう。また、面白くないのかもしれない。
しかし、山を通じて、いろいろな方々と知り合いになり、楽しい事がたいくさんあるはず。
私達の年代は、職場や同級生、あるいは、サークルでの友人達との付き合いが、どんどん少なくなっていく。身体も、思うように動かないようになりつつあり、寂しい思いをしておられる方が多い。それに比べれば、自分がその気になれば、たくさんの方々と付き合えるようになる。「話せる。」「共通の話題。」「一緒に身体を動かせる。」などなど、面白いし、楽しくて仕方がない。お天気の悪い時にまで出掛けるのは、物の考え方なので、何とも言えないが。。。。。
八乙女山から下山したところに、「元さんのデリカを見付けた。」と、k女史のメッセージを頂いた事から、キャンパー達の仲間に入れてもらった。私より、ずっと若い方達で、話の受け答えが上手な方々であった。それを良しとして、ちょっとの間との気持ちで腰かけた椅子から、ご馳走を頂いてしまい帰る機会を失いかけたくらい。よそ者を受け入れて、楽しませてくださったお姉様方達に感謝しなければならない。ありがとうございました。
10/27 渋々出掛けた天蓋山であったが、歩いてみれば、それ相当の趣があった。犬を連れた男性の一人としか出会わなかった静かな山であったが、21回目となった今回、健忘症?の私でも、新しい一ページとなったような気がした。「山ノ神」にしてみれば、少しでも遠いところを望むわけに、山頂の1本だけでなく、密かに隠し持っていた車内でのもう1本が、たまらないようであった。
10/26 予報通り雨。渋々付いて来たのかもしれませんが、直前になって、「山ノ神」が、小佐波御前山行きを拒否。仕方がないので、猿倉山の階段を5往復したのでした。その間、何度も、「行かないか?」と問い掛けたですが、ダメで諦めました。その後、結果的には、二上山に出掛けました。そしたら、二度のサプライズがあり、その方が良かったのかもしれません。
10/25 二上山行きが3日連続となった。「行ってしまった。」というのが本当のところ。行ってしまえば、それなりに快適で、辛いという事はない。同じルートを歩いているものの、「写真を、いつ・何処で撮ろうか?」などを考えているが、それは、お天気の良い時で、悪い時は、「こんな状態・状況だった!」の記憶・記録とするためだけになる。
「場所は違うけど、同じ時間に、同じ山を眺めていたよ!」というLINEをもらった。「毎日毎日何をしているんだ!他にやることないのか?」という人もあれば、少し味方のように感じる方もある。年齢も性別も関係なく肯定してもらえるようで嬉しい。
10/24 昨日に続いて、今朝も二上山に行ってしまった。来週の定休日(10/26~28)の予報が良くないから、今の内に、歩いておこうの思いもあったのであるが、今日は、昨日より、「日の出」が良いだろうが、頭にあったからである。一日一日、夜明けが遅くなっていくのと同じで、陽の上がる場所が変わっていく。毎日好天に恵まれる事がないだけに、その差は顕著である。
10/23 4~5日ぶりにメールを開いた。150通くらいが溜まっていた。電気料の案内やカード支払い以外、、最近あまり見ていないFacebookの他は、私にすればいらないメールだけであった。その中に、一通だけ宅配業者からのものがあった。
【ヤマト運輸】配達未完了のお知らせ
拝啓 genchan8@rose.plala.or.jp様
本日、お客様宛にお荷物のお届けにお伺いいたしましたが、
ご不在のため配達を完了することができませんでした。
誠に申し訳ございません。
【お荷物情報】
•サービス名:宅急便
•保管営業所:ヤマト運輸センター
【ご対応のお願い】
以下の方法で再配達のご依頼をお願いいたします。
オンラインで再配達を依頼する
https://testpassing.com/kuronekoyamato
また、玄関先などでの「置き配」も承っております。
再配達のご依頼時にお申し付けください。
お客様のご都合の良い時間帯に、確実にお届けできるよう
努めてまいります。
何卒よろしくお願い申し上げます。
敬具
ヤマト運輸株式会社
TEL: 03-6562-1656
これは、土曜日に届いたメールであった。再配達のHPにアクセスしたが、繋がらなかったので、ふと我に返った。そのメールが届いた日から、5日も経っている。しかも、不在表もない。そしてメールの宛名が、私の名でなく、メールアドレスである。荷が届くような案件もなく、誰か分からない依頼者からも何の連絡もない。いたずらか、詐欺のような一件ではないかと思い放っておく事にした。 危ない! 危ない!でも、本当なら何としよう・・・・
10/22 先の3日間は、低山ながら、累積標高が、毎日1、000mを超えた。超人達には適わないが、10月時点で、昨年の自分の記録を越えている。ここまで来たら、前年の5割増しになる130、000m超を目指そうと思っているが、残りの2ヶ月間(11月・12月)共、10,000m越さなければならない。短かくなる日照時間が最大の障害。そして、中途半端な降雪である。
「年寄りが何を・・」であるが、歳を重ねているからこそ、目標(夢)が必要なんだと私は思っている。いろいろな方々から、声を掛けてもらっている。それは、「頑張っている。」ご褒美だと自分に言い聞かせている。しかし、手や足が攣ようになってきた。衰えなのであろうが、まだ鍛錬が足らないのだと自分を戒めている。
10/21 寒かった!鳥越峠での気温は7℃であった。半袖とアームでは寒く、すぐに歩き出すしかなかった。でも、この歳になって思うのは、バランスが悪くなっているので、「滑らない。」「転ばない。」を、特に気を付けて歩かなくてはいけない。今年中に100回(大辻山)としても、それが終わりではないのである。それは、100回とか200回とか、数字の遊びなのであるが、結構拘ってしまう。50回・100回登っても忘れてしまうのだから、1回や2回では、充分に分からないであろう。
これが、春夏秋冬に登れるのであるから、また面白みがある。低山であっても雪山は、また違った味がある。でも、今は紅葉。大辻山の紅葉は、まだこれからのように思った。あと2回、今年中に登れたら嬉しい。元気でなければ、このように山歩きが出来ない。「あと、ちょっと・・」と口走ってしまうが、本当は、もっと長く歩き続けたい。
10/20 自由の日になったのに、お天気は味方してくれず、また八乙女山界隈になってしまった。でも、久しぶりに、扇山・赤祖父山に行けたので、「良し」としなければなるまい。
下山時は、やっぱり雨になった。八乙女に戻って、東屋で食事をしたが、食事時だけは一人では寂しい。今日は、「ばり太郎」さんと知り合いになった。もう一人地元の紳士ともお目に掛ったのに、お名前を確実に覚えていない「へま」をやってしまった。
10/19 「また小佐波け!」と「山ノ神」に言われてしまったが、牛岳・八乙女山に次いで、3番目の138回目だった。でも、私は言う「どのような簡単な山でも、週一で登っても、2年の歳月が掛かるんだ!」自慢しなくても、自分の身に付いて来る。渋々だったが、歩いてしまえば、それなりの楽しみや喜びもある。歩ける事に感謝したい。
今日は、あの有名なハイキングクラブに所属しておられるという熟女達3人の方々にお会いした。もしかしたら、私より歳を重ねておられる方もあったようだが、その歩きに付いて行けない程であった。お話もステキで、またお目に掛れる機会があればと思ってしまった。残念な事は、写真を撮り忘れた事と、食事が一緒出来なかった事である。
この後、尖山に出掛けた馬鹿者ですが、RYOさんとかずみさん、まっちゃんにお会いしたのがラッキーだった。
10/18 昨日・今日と、仕事が忙しかった。こんな事は最近あまりない。(笑) 「山ノ神」は、短時間で食事が出来ない人である。山でも、ゆっくりでなければならない。歩くのもゆっくりであるから、それに合わせるとなると大変である。だから、元気者と一緒に歩くのはイヤなようである。
その辺りが難しいところでもある。短いところ、低いところ、そして、時間の掛からないところばかりでは、元気がなくなりつつある私でもイヤになる。こうなると駆け引きになる。でも、「雪山は自由にさせてくれ!」と確約を取っているつもりであるが、いつ、ひっくり返されるか分からない。
10/17 今朝も二上山に出掛けた。週一で良いのであるが、今度の休日(10/19~21)の予報が悪い。山には、どないしても出掛けるのであるが、高所には行き難くなる。その代替でもいないが、歩ける時に歩いておこうというものである。
その休日の中に、「山ノ神」は、同窓会的旅行と称して、10/20~21の間留守にする。行くところが限られるものの自由を掴みかけたのであるが、このところ、そのような事が何度となくあっても、お天気に恵まれていない。本当に不運である。(笑)
10/16 昨日のお昼過ぎからPCが動かなくなった。あらゆる方法(私の技量は無いに等しいが・・)で、探っても全く動かなくなってしまった。電源も切れなかった。自分では、昨年11月に買ったのだから、まだ1年も経っていない思いがあっても、動かないものは動かない。当欄を含め、営業日記や、PCに収めているものが、全部だめなのだから、ノートに記さなければならない。
意気消沈である。その事とは別であるが、夕食中に眠ってしまった。ビールも途中にしながら・・・ ハッとして目が覚めたら8時40分だったように思う。「ここは何処? 今何時?」となってしまったようだった。」
雨予報であったが、早朝の二上山に出掛けた。一日に1分位夜明けが遅くなっていくから、前回より遅いスタートであっても真っ暗である。でも、「歩きたい。」「歩けなくなるのがイヤだから歩きたい。」 出来れば、もうちょっとだけ、夢(希望)を付け加えたい。
10/15 YAMAPに累積標高という部門がある。全国に遠く及ばないものの、昨年は県内で3位になった。昨年から、そのような事が出来たらしく、全く知らないでいたが、「元さん3位だよ!」と言われて照れていたが悪い気はしなかった。でも、毎日何時間も歩いている方々には適わない。しかし、先月に、自分が歩いた昨年の累積標高を上回った事を知った。
私は欲の塊ではないが、もうちょっと頑張ってみるかと思うようになって来ている。しかし、これから日照時間が短くなっていくし、高山にも行きにくくなって来る。ダメかもしれないが、チャレンジしてみるのも面白いような気がする。
10/14 夜中に大阪万博帰りの「山ノ神」を迎えに行き、「ちょっとだけ・・」のつもりで飲んだビール。特別盛り上がったわけでもないのに、朝方まで飲んでしまった。「飲んだら、運転出来ない!」事を完全に忘れており、午前中が、パーになってしまった。風呂に入ろうが、水をたくさん飲もうが、時間が経たなければダメ。
そうしている内に、雨になり、強く降るようになった。でも、「歩かなければ休日ではない。」 だから、このアヤマチは、二度とやらない。
10/13 今日は、雨の小佐波御前山と、雨が上がった夕刻近くの二上山に行って来ました。「山ノ神」は、最終日の大阪万博に出掛け、お天気だったら、希望の山があったのですが、如何せん雨。それでも、無の境地になった(ウソ)小佐波御前山、そして、ステキなけいこさん(敬・啓)に出会った二上山。歩けたし、また山友が出来たし、万々歳だった。
10/12 白木峰は雨が降らなかったし、まずまずであった。「山ノ神」に、「小白木峰まで行こうか?」と言っても、「何を考えているのか?」とでも言いたげな感じであった。その白木峰も、81回目になり、俄然100回への候補に浮上してきた。唯、数字の遊びに過ぎないが、100回登るには、週に一回登っても、2年の歳月が掛かる。百名山には、とても届かないが、自分なりの目標に向かって進みたいと思っている。
白木峰から、五箇山を越えて八乙女山に行った。午後3時であった。「そんなにしても歩きたいのか?」であるが、今の自分は、「歩けなくなる不安におののいている。」衰えを感じ過ぎているからかもしれない。ちょっと年上の方や、同い年の方が、施設や、あるいは目の前から消えていかれる。ましてや、仲の良かった友人が可笑しくなってしまえば、次はとなろうとしている。新しい友が出来ても、自分を曝け出すわけにはいかない。
やっぱり歩くしかない。あちこちの故障に負けないで、ちょっとの長生きでなく、ずっと遠く・長い人生を目標にすれば、その不安がなくなると思ってみるが、なかなかである。身も心も若くないと、どんどん寂しくなっていくのが必然的かもしれない。
10/11 私は、ちょっと落ち込んだ時や、過去の事を思い出したい時に、このコーナーを振り返る事がある。下記は、平成27年6月11日の記述である。
6/11 一年は52~53週。いつ頃から、毎週のように、山に登るようになったのかと調べてみたら、平成11年からであった。その先の平成10年は44回。平成9年は46回であった。当HP上に記載していないが、その先に4~5年前は、20~30回であった。
若い頃は、多くて年間10回くらいで、少なければ、4~5回程しか山へ出掛けていなかったように思う。そして、雪山に出掛けるようになったのも、毎週のように出掛けるようになってからのようである。それでも、高校時代から通算すると、50年を超えるのであるから、我ながらビックリである。
特別な事をしたわけでもなく、また特別な技量の持ち合わせもなく、唯、山が好きで歩いていたに過ぎない。そして、自慢するものもない。でも、長い事やっていると、いろいろな方々と顔見知りになり、嬉しい事、楽しかった事、また、得した事もたくさんあったように思う。
体力・気力、そしてまた、環境などを考えて見ると、この先は、そう長くは続けられまい。近間の低山であろうが、登られれば(歩けられれば) それはそれで良いと思っている。それが、ダメになったら、眺めるだけになるのだろう。
そして、平成25年6月4日~21日までこのコーナーを休んでいる。その後であろうか、「元ちゃんの山歩き」を「元さんの山歩き」に名を変えたと思っているが、なかなか見出せなかった。プロフィールを覗いて見たが、私の思っている記述と違っていた。最も、最近の記憶力の低下もあって、なかなか思うようにならない。
10/10 人への記述による伝達は、本当に難しいものである。何気なしのたった一言一行で、相手様の心を傷付けたりして、取り返しのつかない事もある。LINE・YAMAP、或いは、お手紙など、いろいろな手段があるが、言葉を選んで伝えようとしても、半分も伝わらない時もある。では、生の声で伝えれば一番良いのかもしれないが、それこそ得手不得手があり、何とも言えない。
熱意・情熱が伝われば良いが、反対の方向に行く時もある。「あの時こう言っておけば良かった・・」が、今になって分かっても、すでに遅しであるが、世は、その再来チャンスを与えてくれる事がある。しかし、その経験を生かす事は意外と難しく、同じ道を歩むケースが多いように思う。それは、未熟故、後々になって分かったり、自分の事となると、分からないのかもしれない。
半ボケの私などは、あまり語るのが上手くない。「同じ事ばかり・・」と「山ノ神」に言われている通りである。しかし、天が味方してくれたのか、数多くの友を得る事が出来たし、今になっても、親友と言えないまでも、元気であれば、まだまだ続くような気がしている。ちょっぴり、いい気になっている時もあるらしいが、誠意をもって対処しているつもりである。
でも、自分のやっている事は、自分では良く分からないのかもしれない。体力・気力・記憶力・行動力など、どれだけ頑張っても、衰退の途を歩んでいる事に間違いがない。「無念」でも、前を向いて歩むしかない。世には、歩む事が出来ない方もある。まだ夢や目標と称して語れるのなら喜ばなくてはいけないのだろう。
10/9 週一で登る二上山・城山は、トレーニングという意味合いより、「歩いていないと、歩けなくなるのでは・・」の危機感が強いからかもしれない。日月火の休日は、雨が降ろうが、雪であろうが、ちょっとでも良いから歩きに行くのも、「今日も歩けた!」を、明日への活力にしたいからである。「大した山にも登れないのに・・」も、納得である。それでもであるが、時折ちょっと高いところに出掛けている。
そして、私にだって、何度も繰り返して述べているが、夢や目標がある。「10回以上登る山を100座(その中に、50回以上が20座・100回以上が100座)」の看板を下しているわけでもない。それよりも、出会った人達には、「大地山100回、初雪山の最高齢」を宣伝しているのであるから、やっぱり可笑しいと思われても仕方がない。でも、やれるかもしれないし、目指す物がなければ面白くもない。
百名山や百高山のネームバリューもなく、何を戯けた事を思われても良いのである。コツコツ歩いていて、声を掛けてもらえるだけでも、私はハッピーである。それが、一緒して頂ける仲間がいるのだから、まだまだが持続に繋がり、楽しい毎日を送らせてもらっている。
その二上山・城山であるが、一日に1分程、夜明けが遅れていく。1ヶ月には30分も違う。ルートを見直すか、暗い中を歩くしかない。そして、この先の「ハッピー」を考えれば苦しい事などない。
10/8 今朝は、早く目が覚めたが、二上山は、明日出掛けるつもり。そして、やりたい事があったので4時台に起きてしまった。その煽りで、日中は眠たくなってしまい、ウトウトしてしまった時間帯があった。でも、お客様は、皆私達のファン?優しい目で見てもらっている。
10/7 ムカゴ採りで八乙女山・大寺山に出掛けた。途中お会いしたkawakami女史と気が合い、長いコーヒータイムとなってしまった。その煽りで、林道を早く歩かなければならなくなったし、「山ノ神」のビールタイムが短くなってしまった。しかし、その事は、そのように表現してしまったが、それはそれで、楽しかったのである。釣女史にも会った。久しぶりで嬉しかった。
10/6 大辻山の登山口まで行きながら、霧雨のせいもあったが、今一つ乗り気になれず、尖山に足を向けた。山頂でスピーディーズにお会いし、今さっき、猿倉山から御前山に向かう途中に、クマに遭遇した生々しいお話を聞いた。何処の山にもクマはいるが、まともに向かって来るのに出くわす事は殆どないであろう。少々傷付かれたようだが、引っかかれたのか、転倒した時のものなのか、正確に尋ねるのを怠ってしまった。
そのスピーディーズさん達と初対面だったのかどうかは、良く分からないのであるが、家に帰ってから、YAMAPのメッセージで、何回となくやり取りをしていた事がわかった。クマと言えば、私も何回となく遭遇しているが、まだ格闘の経験はない。唯、クマの写真を撮ろうと、そのクマを追い掛けたのと、車の横に来た事が2回ある。また、木から降りて来たクマと出会った事、斜面から降りて来たクマが、びっくりして、またその斜面をよじ登って行った事を含め、私の記憶では9回あると思っている。
その尖山では、白木峰でお会いしたと言われた女性と、沢田女史ともお会いした。欲張りな私達は、その後、千石城山に出向いた。そこでも、嬉しい再会があった。土井女史とNaoさんにお会いしたからである。
10/5 雨ならば、八乙女山か小佐波御前山の屋根のある所へ出掛けるのが、私達の定番である。そんな話をしているところに、岩城君から、「明日、小佐波御前山に行きませんか?」と連絡が入った。それはそれで良かったのであるが、「山ノ神」にしてみれば、あの強者達に、迷惑が掛かるのではとの思いが、すぐに脳裏を掠めたに違いない。時間の経過と共に、だんだんと行かない方向にいってしまった。
確かに強者達であるが、20歳以上違う山仲間から、声を掛けてもらえる喜びの方が嬉しい。「まだ、大丈夫!」だと思ってもらえているからである。そしてまた、こちらとしても、若い方々から、いろいろな事を学べるのであるから、 良い機会となるのである。
山頂小屋では、これまた何と言えば良いのか、「山を語れる人」岡田のサブちゃんと一緒のなった。もちろん、アキちゃんも一緒である。次から次へと、彼の全盛期の話である。何回も聞くと飽きて来るかもしれないが、私としては、初めて聞くものばかりであった。その彼も、ようやく、私レベルの人となりかけておられるので付き合い易い。「一杯飲もう。」という話が出るくらいであるから・・・
10/4 syuhei君(娘のムコ殿の友人=諏訪在住)が訪ねて来てくれた。一度、医王山に一緒に出掛けた事があった。息子のような年代だが、また、一緒したいと言ってくれた。お土産まで頂いてしまった。ムコ殿と一緒になるだけに、どのような山に出掛ければ良いのか分からないが、また楽しみが増えた感じ!
明日は、雨のようなだけに、小佐波御前山へ行こうかと思っていたところに、岩城君から、その小佐波御前山に誘われた。強者達だけに、「山ノ神」は、参加しないかもしれない。雨でも行かなければ、「好山病」とは言えない。(笑)
10/3 「元さん、先日は東屋でコーヒー、楽しいひと時をありがとうございました。私はその日東京出発が遅く、タイムアウトだと諦めて登っていました。元さんと山ノ神さんとの出会い、おしゃべりに和まれ、うれしかったです。8月に肋骨2本骨折し、私も復帰の山行でした。登頂より満足感、こんなこともあるんだな、と。」 先日の根子岳からの下山中に、お目に掛った東京のまりりんさんからのYAMAPへのコメントです。
お名前も、お歳も尋ねなかったかもしれないが、ご主人を亡くされた事だけは聞き及んでいました。それと、私が、「元さん」を売り込んでいたかもしれません。でも、こうしてお気持ちを頂き、私の方が感激しております。またお目に掛ると事などあるとしたら、「長生き」せねば、とても無理でしょうね。「富山へは行った事がない。」のであれば、あの格好の良い車で吹っ飛ばして来てみたら・・・
10/2 今朝も、二上山を歩いて来た。私は、変則的な歩き方をして標高を稼いでいる。しかし、1時間余りの時間であるが、日一日、夜明けが遅くなっている。(毎日1分程度)それに合わせてスタートすると、後々が窮屈になって来る。また、木曜日に出掛ける事が多いのは、何故か木曜日の朝食はパン食で、電気釜にスイッチを入れなくても良いからでもある。(笑)
「山ノ神」が、玉ちゃん先生のところに、最後の診察を受けて来た。後は、自分自身の努力・やる気の問題であろう。あの唐松岳での転倒から、35日目くらいであろうか?
そいえば、私も4月の臼越山での滑落から、やがて半年になる。傷跡はまだ消えず(一生消えないかもしれない。)
左足の脛から足首辺りの浮腫みが取れていない。しかし、そうでもない時もあるのと、まだ歩けているので、さほど心配していないのであるが、「そんなのは、身体の中の何処かから、危険だと言う信号が出ているのかも・・」の困った忠告を耳にし弱った!でも、私は負けない。
10/1 根子岳の下山中、一緒した東京の女性から、「アナタのご主人の若い時は、もっとステキだったでしょうね!」と言われたと言う。「そんなの世辞に決まっている。」と言い返したが気分は悪くなかった。「優しい。」「思いやりがある。」そして、元気であれば、容姿・体形が伴わなくても、男は大丈夫だと思ている。なのに、「山ノ神」の私への評価は低いように思う。
でも、それはそれで良いと思う。過去の事は過去のの事として、未来(これからの事)の事の方が大事である。だって、歳を取る毎に忘れていくし、その事を知っている仲間・友人がいなくなっているのだから・・・
その点、私は本当に恵まれていると思う。少なくなったお客さんであっても、気に入った方々だけに、毎日が楽しくて仕方がない。そして、それに輪をかけて楽しいのが山歩きである。たくさんの方々から声を掛けて頂く。老若男女問わずであるから最高である。
私は、その方々に、何も返す事がないだけに、「ずっと、元気でおれば・・」「あの方は、○○歳まで元気に歩いていた。」と、目標の一つになるのではないかと思っている。そして、それを張り合いに私も歩いていたいです。