12/31 また歳を取る。昔流で言うと数え年80歳になる。日頃、随所に弱気が出るが、まだまだとの思いがある。それよりも、これからである。元気であれば、今まで出来なかった事に、やれるチャンスが生ませる。体力は劣っていっても、考えようでは、いろいろとカバーが出来るように思う。早歩きや、危険なところへは行けなくても、それよりも魅力的な事を探しながら、チャレンジ出来るところが、いっぱいあるような気がしている。

 そんな夢や希望を持って、来年も歩き続けたいと思っている。山で知り合った方々の知恵や情報も活用しながら、コツコツ時間を掛けながら、前に進んでいけたらと思っている。たくさんの方々から頂いている「元さ~ん」の声掛けを糧にして、欲張らず焦らず、そして、謙虚であれば、その夢や希望に近付いて行けるのではと、胸がワクワクしている。

 「またバカな事を述べている。」などと思われているに違いないが、それはそれ、もう楽しくて仕方がないんです。他人様に迷惑を掛けないようにしながら、誰とでも仲良くしていけたらと思っています。来年も宜しくお願いします。



12/30 歳の瀬にやる事がたくさんあるのに、頭の中は、「山の事ばかり・・」 衰えて来た体力に、「弱った!弱った!と言いながら、「まだまだ・・」とか、「山に行けなくなったら、お終いだ!」と常に裏腹である。でも、楽しくて仕方がない。だって、いろいろな方と知り合いになって、その好きな山の事を語り合えるのであるから、何事にも代えがたい。

 「山ノ神」に言わせると、「同じ事ばかり言っている。」のだそうだが、「イヤなら離れて行くし、それでも、楽しいのだから良いのだ。」と開き直っている。その同じ事より、「忘れる。」のには閉口する。イヤな事や悪い事だけ忘れて、楽しい事や好きな事だけ、覚えておれば良いのかと思うが、そうでもないようである。「思い通りにならない人生があっての山登りなのかもしれない。」

 山中で有難い事に、たくさんの方々から声を掛けてもらっている。しかし、何回もお目に掛っていても、なかなか思い出せなく叱咤されている。特に女性陣は難しい。その時によって、衣装やらお顔を隠しておられたり、髪型まで違っていたら分からないのも当たり前かもしれない。私は、一緒に歩いていたら、そうそう忘れないと言っていたが、それでも忘れて、がっかりさせてしまった事もある。でも、頑張る。最近は、メモ帳を持参している。(笑)(笑)



12/29 私の子供世代の安さんとhitomiさんに、戸倉山に付き合ってもらった。私達の力量に合わせてもらっての山行である。以前は、初雪山を含めた幾多の山にも一緒してもらった事があるが、今は、体力的に全然違うのであるから、有難い事であった。それでも、あれやこれやと、山に関する事には通じる事があるだけに、ちょっと気が安らいでいる。

 そして、楽しかったと言ってもらった。おまけに、大地・初雪山まで付き合ってくれると言われるのであるから、今からワクワクしている。多くの方々とも約束をしているだけに、 これから、どのようにすれば良いのかと、嬉しい悩みでもある。安さんなら、もしかしたら、私の荷を担いでくれるかもしれない。私は親ほどの年齢だもん。(笑)(笑)



12/28 予想以上のお天気の回復に、小佐波御前山にしなくても良かったのではと思ったけれど、まさかわ氏とまきちゃん、岡田のサブちゃんとあきちゃんに会えたので、それを上回ってしまった。そして、また安さんに会え、下山はずっと一緒してもらったのだから、一日中楽しかったのでした。ユウリさん・もりさんにもお会い出来まし・・・。



12/27 今のところ、予報は味方?してくれている。明日・明後日(12/28~12/29)☀マークが付いている。そして、新年の1/1~1/6に☂マークがない。雪であっても、雨はいらないからである。明日は、小佐波御前山、明後日は、戸倉山にしようかと思っているが、年内は、「山ノ神」の要望にも応えなくてはいけないから確定とはいかない。

 1月から3月は、自分の思う通りにさせてもらうつもりである。でも、いつ、ひっくり返されるか分からないが、元気でなければ、何もかもいがパーである。その元気でいるつもりであるが、やはりこの歳になると、誰にでもあるが、完全な身体でもない。しかし、若い方々に遊んでもらうためには、元気でなければならない。夢・目標は大きく持ちたい。80歳・90歳・100歳でなく、最終は140歳である。



12/26 とうとういうのか、ようやく雪になった。でも、今のところ(高岡午後5時半)思ったほど降っていない。積雪1~2cmあるのだろうか? 山好きな方々は、もちろん私もであるが、「とにかく山に降って欲しい。」だろう。平場では、降らなくても良いのであるから、勝手気ままである。(私も・・)

28日(日)・29日(月)はお休み。30日(火)・31日(木)は営業。1/1~1/6までお休み。この間、近場の低山しか行かないだろうが、いつも通り連日出掛けると思います。 出来れば、来年も「休日は、山に・・」を続けたいです。



12/25 もうそろそろ年賀状を仕上げなくてはと思っていても、ついつい後からとか、また明日となり、毎年追い込まれて行くのが通常スタイル。私は、お客様へもあるが、昔からの友人・親戚・また山の友人などへ、一年の挨拶として出し続けている。最近は、年賀状離れというのか、年々「出さない。」「いらない。」などの声を聞く。

 それはそれで、その方々の考えを否定する事などない。しかし、私は、一年に一度くらい「紙での挨拶、近況報告など」あってもいいのでは思っている。返事が来なくても一向に構わない。また、「出さないよ!」など言っている方にも、自分が出したい方には送り続けている。ダイレクトメールだと思ってもらっても構わない。

 枚数が増えれば、金額的にも嵩むが、「年末年始の風情を楽しんでいる。」と自分なりの思いもある。時代が変わった。SNSと言うのであろうか、いろんな仕法があり、密に連絡しあっている世の中、歳を重ねた私には、分からない事が多い。でも、私だって、LINEで繋がっている方々が300人くらいある。

 しかし、お住まいどころか、姓名も知らない方も多い。(愛称は知っているが・・)それはそれで良いのかもしれない。唯、山行を一緒する方は、深くは知らなくとも、最低の事を知らないと、万が一の時は困る事があると思う。その年賀状であるが、400枚から300枚に、来年は200枚になるかもしれない。



12/24 南保富士では、雪であったのに、千石城山には、殆ど雪がなかった。平場では雪はいらないが、山には欲しいと思っているのは、私だけではあるまい。昨年末の雪だよりは遅かったが、お正月には、ちゃんと(笑)雪があった。まだ一週間ある。「雪よ、降れ・・」叱られるだろうか?



12/23 いろいろあったが、火曜会山行に千石城山へ出掛けた。行けば土井女史今年だけで千石城山100回目だという。ならばお祝いをしなければならない。それを知っていたかのように、テーブルの上には美味しい物がいっぱい。仲間に祝われながら、剱岳を拝めば絶景となれば、いつも控えめな土井女史であったも、笑顔がこぼれて来ていた。

 いつものメンバーに、もう一人のマキちゃんと、キノコ博士の信ちゃんが加われば、アルコールがなくても祝杯となる。「土井さん本当におめでとうございます。これを契機に、益々火曜会を引っ張って行ってください。」
 皆の足取りは、何故か軽やかに見えた。嬉しい時、楽しい時は、こんなのかもしれない。お別れの挨拶をして、車を走らせていたら、「山ノ神」が、「もう少し歩きたい。」と珍しい事を言った。「何処へ・・」何故か「尖山」になった。2週続けてとなった。(笑)



12/22 「山ノ神」の要望を取り入れ、雨の中、南保富士に出掛けた。冷たい雨が、ミゾレ・雪に変わった。もうちょっと欲しかったが、それでも新しい雪は、困惑の気持ちに、何故か新鮮な空気を送り込んでもらったような気がした。会話は少なくても、いろいろな場面に、一言二言が、「山ノ神」には、どう伝わったかは分からない。それでも、見通しの利かないとは言え、真っ白な山頂に立てた事は、何かに通じるような気はしている。



12/21 「山ノ神」と諍い中だったが、二上山で、「おまきさん」・「ミユさん」と知り合いになり、歩く距離は短かったが、楽しい一時を過ごす事が出来た。午後から富山に出掛けたが、久しぶりの街中だけに戸惑った。



12/20 YAMAPの累積標高の期間が変わったらしい、今日、YAMAPから届いた情報では、1/1~12/1を、それとしている。最も、戦列から離脱していたから、さほどのショックはないが、「もうちょっと、歩けたかな?」の気持ちはある。そんな事より、今日の季節は連れの高温(金沢では22℃)が気になる。早く雪上を歩きたいからである。



12/19 今朝の二上山行の下山時に登って来られた女性に「おはよう!」と声を掛けた。毎日のように、二上山を登っておられる方のようだが、軽く言葉を交わすだけで、一度も話した事がなかった。その女性は、いつも小走りで話しかける間もなかったのも事実。ところが、今日は、「おはよう。」と交わした後に、「元さんですか?」と言われてびっくり。すかさず「YAMAPやってますか?」と問うてみた。

 その女性は、以前マラソンをやっていたが、体調を崩され、二上山に執着されているかのようであった。山は、一年に1~2回で殆ど登っていなく、YMMAPもやっていないと言われた。 なのに、どうして私の事をと思ったが、一ヶ月前パンクしたことを我HPか、YAMAPに載せたからであろうか? その女性k女史もパンクしたのだそうだ。そしてまた、お知り合いの方も、どうも、その駐車場でパンクしたのではないかとの言われていた。その一ヶ月程前当時、警察の訓練があった際に構築物があったが、その解体に伴う工事の釘が、散乱が原因ではないかと思っているが、ひょんな事で言葉を交わす事になった。雪が積もると、どうなるか分からないが、また楽しみが出来たような気がする。



12/18 最近、やたらに「終活」という文言を耳にする。それだけ自分も歳を取ったからかもしれない。そして、前向きの事は殆どない。140歳までと豪語している私としては、「何を、はやから・・」である。「身体が思うようにならない。」「語り合う機会が無くなった。」など、何もかもが後ろ向きにしか思えない。「身体が動かなければ、歩きなさい。」「友達がいなくなったのなら、何処へでも顔を出しなさい。」と言いたいが、仕方ないのかもしれない。

 それに輪を掛けたのが車の運転である。「危なっかしい・・」のは、分からないでもないが、「歳だから・・」には、反発するしかない。そりゃ!リスクがあるに違いないが、一律にダメは可笑しいように思う。雨の夜は運転しないとか、混雑するところには出掛けないとか、リスクの軽減を考えれば、まだまだ運転は出来るように思う。
 私は、仕事柄、長い間お客様と接して来ている。運転をやめた方々の末路があまり良くない。半年・一年で、亡くなった方や、施設に行かれた方を数多く見て来ている。何でも前向きに考えたい。「山に行けなくなったら、それこそ死んでしまいます。」



12/17 「雪の季節になるからだろうか?」こんな私にも、「今度何処へ行くの?」「雪が降ったら・積もったら、連れてって・・」「誰とも約束をしていなかったら、声を掛けて・・」などと、頼りにしてもらえるのか、どんどんではないけれど、やんわりとメッセージが届く。嬉しいに決まっているが、毎年落ちている体力で、対応出来るのか心配なところもある。

 今まで、一緒してくれていた山友から、声が掛かるのが少なくなって来ている。こちらから、声を掛けるのを躊躇している事もあるが、もしかしたら、若い人達は、私に引導を渡そうとしているのかもしれない。そんな中で、「何もかも不安」と、「大地山100回」を掲げる自分が交差しているのかもしれない。他人様の前で、何が何でもは言い切れない年齢になって来ている。でも、どちらにしても、まだまだ夢を捨て切れないどころか、それに向かって行くのが「我人生!」



12/16 八乙女山では、以前お世話になっているのに、名前が出て来なかった淑女達3人にお会いした。また、八乙女山を知り尽くしている高木氏にもお会いした。雪はあまりなかった。想像以上になかった感じだった。下山時に、高木氏にキノコの事を教えてもらった。



12/15 昨夜は、楽しくてたくさん飲んでしまった。そして、遅くまで喋ってしまった。暖かい部屋で泊めてもらった上に、我家では有り得ないような朝食を頂いて池田邸を後にした。今日の山は、尖山になった。雪が降り積もるまで「山ノ神」の意見・考えに沿って行動しようと思っている。その代わり年が明けて、雪となれば、自由にしてもらいたい希望がある。 それもこれも、元気でなければ何にもならない。

 降りそうな感じではあったが、結局は雨かなと思ったのは、ほんの瞬間だけで、上部では小雪となった。昨夜来の満腹感で、山頂では、コーヒーを頂いただけになった。下山時に「としちゃんさん」に、お目に掛った。とても喜んでもらった。こちらまで嬉しくなってしまった。同氏は、登山道の整備に尽力されているようだった。頭が下がります。



12/14 雨もあったが、夕刻からの忘年会を加味し、二上山とした。仕事前の二上山と違い、ちょっぴり、ロングコースとしたが、「山ノ神」としては、ちょっと辛かったようであった。休憩もなく、ちょっとだけ、分かれて歩いた時に、ミカンを口にしただけだったからかもしれない。私は、普通山行と同じようなものを担いだが、水一滴も口にする事はなかった。
 でも、下山時に、「こしちゃん」と「はんみさん」に、お目に掛れた事で救われたような気がした。それは、その日、初めて、ニヤッと瞬間でもあったから・・・

 火曜会忘年会は、富山の池田邸で行われた。久しぶりの顔も有り、賑やかで終始笑顔が絶えなかった。「山の会」だから、何に付けても、山の話と繋がるわけだから、山付きの私には、たまらない集いであった。
 その中での個人的な話であったが、「私は、あと1回で、大辻山100回になるのですが、その1回を池田氏と一緒に登る約束をしたのです。」だから残雪期まで、もしかしたら、雪解けが進んでからになるかもしれませんが、楽しくて嬉しいお土産を持って帰宅する事が出来ました。その約束を守るためには、お互い元気でなければなりません。そして、賛同してくれる仲間と一緒なら、もっと楽しいかもしれません。(私としては、6座目の100回超えになるのです。)

 

12/13 予報通り晴れになった。しかし、朝方は、特に夜明け前は、曇りがちで少々雪が舞った。(二上山で・・)その二上山に、このチャンスを逃すわけにはいかないと、勇んで出掛けた。気温は2℃。寒かった。でも、厚着をすると、すぐに暑くなる。いつもの私はの着衣は2枚だけ。土曜だったのに、すれ違った人は4人だけ。朝は寒かったから仕方がないか?



12/12 雪は降らなかった。それどころか、時々、陽が差している。そして、明日はお天気だが、日曜日から、また悪い日が続きそうだ。無理してでも、明朝出掛けられればと思っているが、どうなる事やら! 年賀状の時期である。しかし、時代が変わったのだろうか? SNSになったからであろうか、その風習が無くなりつつある。それでも、私は、お世話になっている方や、日頃ご無沙汰している方に送る事にしている。そんな私でも、今年は300枚くらいに減ってしまった。作業は、まだこれからである。



12/11 今朝も、暗がりから出掛けた。パッと目が覚めて出掛けるのだから、車のフロントガラスが曇っているし、身体自身も、まだスタンバイ出来ていないはずだったが、意外とスムーズに歩けた。そして、自分が歩ける1時間半を、思うがままに歩き、仕事前の午前7時半過ぎに戻る事が出来た。今日は、435m稼げた。でも、明日からの予報が、あまりにも悪い。成るしかないが、常に希望を持って歩き続けたい。



12/10 累積標高を諦めて気が楽になっている。でも、残りの時間、当初目標としていた数字に、少しでも近付きたい思っている。しかし、残り7,791mは、あと3日間の休日では無理である。ましてや、夜明けが遅くなっているから、仕事上、二上山で400~500mは稼げない。前年の事を思って、勝手に12/20で切っているが、年末までだったら、+5日間あるから、もしかしたらという気持ちになって来る。記録の上位とかは度外視し、一度立てた目標に向かってみたい。「この歳で・・」でも良いじゃない!



12/9 今日もお天気が悪いから、八乙女山と決め込んだが、だんだんとお天気が良くなって来るのだから、「これは参った!」となった。八乙女山に来る前に、「どうせ、八乙女山なんだからと、二上山に行って時間を使ってしまっていた。」それでも、お天気は良い方が断然いい。大平展望台で食事をし、私だけが、山頂に向かった。その間の「山ノ神」は、何をしていたかはご存知の通り。


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12/8 雨ならば(お天気が悪ければ・・)、八乙女山か小佐波御前山に行く事が多い。今回は、小佐波御前山となったが、「山ノ神」の渋々感は歪めない。猿倉山の階段でさえ、「凍っている。」と言って、ペースが上がらなかった。そんな事も含め、ゆっくり歩いた。3時間近く掛かって、小佐波御前小屋に着いたようだった。

 でも、歩いてしまえば、達成感と言えるのかどうか分からないが、「歩けた!」という気持ちが何物にも代えがたい。歩けば、どのような食べ物でも美味しく頂ける。いつもと、何ら変わらないものでも、「美味しい!」「上手い!」の言葉が出てくる。屋根に叩きつける雨も、濡れないで良いと同時に、何故か心地よいリズムになるから可笑しなもんだ。  下山時は、傘を差す時間が長かったが、不思議なもんで、車に乗ってからは、殆ど降らなかったのではなかろうか?

 
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12/7 100回目の大辻山と思ったが、大辻林道の雪の状態を見て、次回に繰り越し。千石城山に行き先を変更する。こちらでは、いろいろな方々とお会い出来、それまた楽しかった。のち、もう少し歩きたいと思い西種からハゲ山に登った。それなりに、山を楽しんだ事になる。



12/6 行けなかった。二上山に行けなかった。寝坊してしまったのである。私は、エアコンもストーブも無い部屋で、一年中寝起きしている。鍛錬・訓練というものでなく、仕方なく、そうしているのかもしれない。(もしかしたら、費用が嵩むからかもしれない。)しかし、羽毛布団一枚で寝ていた私は、先日の冷え込みで、夜中に何度も起きてしまった。

 「寒かった!」と訴えたので、「山ノ神」が、毛布を一枚用意してくれた。その事もあって、ぐっすり眠ってしまった。目が覚めたら午前6時であったから、まだ行けそうであったが 、後の段取りを考えるとその気持ちが薄らいでしまった。それもこれも、累積標高に拘らなくなったからかもしれない。でも、まだまだ歩きますから宜しくお願いします。


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12/5 あれだけ二上山に通ったのに、火曜日の牛岳以来出掛けていない。累積標高に拘らないと言ってしまった瞬間から、気が抜けたのも確かなところ。でも、まだ3日間ではないか?夜明け(日の出)が遅くなっているだけに、どれだけ近場だっといっても、仕事前の山歩きは、きついのは確かです。でも、明日はお天気なんだから、距離を短くして行ってみようかと思ったりしている。



12/4 今日のクリタケは、ギンナンと合わせた炊き込みご飯。水分量にも関係するのかもしれないが、意外と私には合ったものになった。信ちゃんありがとう。
 「12月〇日何処か登りたいと思っているのですが、行く予定ありますか?」とのLINEメッセージをSさんから頂いた。「その日は仕事日なので山には行きません。」との内容で返信をした。嬉しい話である。そして、「この年寄りに・・」と思うのと、自分自身の励みにもなる。下界では、何の役にも立たないのだろうが、山では少し認められている事になるのだろうか? 「やっぱり、元気でいなければ・・・」



12/3 昼食に昨日のキノコ(クリタケ)の登場である。豆腐の味噌汁に、ナメコとクリタケが入ったものである。100%大丈夫といってくれた信ちゃんには悪いが、我家では、おっかない物は、必ずといっていいくらいに、私が先に食するようになっている。私の感想は、「意外といけるんじゃない。」である。私は、天然のナメコは大好き! もしかしたら、クリタケは、その次くらいになるかもしれない。



12/2 an-coさんと3人で牛岳に行って来ました。楽しい山歩きであったのは間違いないのですが、今回は、キノコ採り(クリタケをゲット)した話題の方が面白いかもしれない。 クリタケではないかと思ったりしたが、一ヶ所目と二ヶ所目の形が違っていた。取り合えずキノコの裏表二ヶ所分の写真を撮って信ちゃんに問い合わせてみようとなった。

 忙しいだろうに、「クリタケです。100%食べられます。」の返事がLINEによって知らせてもらった。下山時にそれを採るわけであるが、記憶とは結構曖昧でなかなかその場所に着かなかった。そして、二ヶ所の距離感も記憶と全く違っていた。それでも、クリタケ採りになると目の色が変わったように感じた。しかし、anーcoさんは、いらないというので、全部我が家に持ち帰った。それででも、少しずつ食べようとなった。



12/1 二上山通いにあるように、この春から、累積標高に拘って来た。しかし、上位者の活動日記を拝見してみて、「これでは届かない。」と思ってしまった。やって来た事は、今しばらく(年内)は、続けるが、本来の山歩きに戻るつもりである。最も、早朝の二上山のステキな光景を得た事など、無駄な事はなかった。

 今一番は、健康の維持である。いろいろな記録があるが、「元気で長生き。しかも、山歩きが出来る。」この記録こそ、価値があるかもしれない。私には、そのような事を含め、たくさんの目標・夢がある。だから楽しくて仕方がない。「山ノ神」との諍いも、訓練と思えば、それほど苦にならない。