1/31 友人の妻君から、「お店がひま~。」という内容のメールが来た。(友人は、PCも携帯もやらない!)「私も、踏み台とロープを用意して、首を括る準備をしているところだ。」と返事を出した。そしたら、「痛くない方法はないか!」と逆に問い掛けて来た。私は、別の友人に、次のようなメールを出した。「事の他、今年の雪には参りました。除雪は忙しいものの店は閑古鳥が鳴いています。そろそろロープと踏み台を用意しなければいけないと、友人に、このようなメールを出したら、もうちょっと、痛くないのがないのかと、問い合せがあり、何処も同じなんですねと思ってしまいました。でも、今年はもう8回の山行をこなしています。考えてみればこれも、自殺行為なのかもしれません。」その返事は、「本当に、この雪と店の暇さに気力を失ってしまいます。自分も何処か、ぶら下がる所を探しているのですが、何しろ暇で太ってしまったので、それもかなわないようです。それにしても、元ちゃんの山行には驚かされています。」 p.m.2:00



1/30 土曜日まで雪の降りやすい状態が続くというから、今度の週末に出掛ける人達には、壮絶なラッセルが待っていると思われる。私達の休日も(2/3~4)それに近い状態だと思われ、なかなか高い山や新しい山には出掛けられないようである。ならば、キャンプでもしようかとなると、それ相当の荷を担ぎ上げなければならず、ここが苦慮するところである。低山といえども雪山は、夏山よりも装備が多く、増してや夜が長く、その分だけアルコールを多く持って行かなければならないのである。「山ノ神」曰く、“ 深い山に入らず、あんたがテントを張ってから、再び車から、荷を運び上げるためにピストンを繰り返せば良いのではないかと。” 夏山でも寒い冷たいと充分を言うお姫様待遇の「山ノ神」との雪中キャンプは、やっぱりやめた方がいいのかもしれない。 p.m.11:50



1/29 年初めほどの積雪ではないものの、一日中雪で、しかも時々ブリザードを思わせような強風と、真冬日の低温に震え上がっていた。未だ降り続く予報であるが、この分だと、各人予定の週末の山行計画にかなりの影響を与えそうである。もっとも、近年は暖冬の煽りで雪の少ない年が続いているが、本当はこれが当たり前の事なのである。何時も言っているように、真冬の1000㍍超の雪山は、日帰りの単独や少人数では行けなかったものである。若き頃によく出掛けた「牛岳」や「医王山」でも、車がなかった事もあるが、泊り掛けでも頂上を踏めなかった事もあった。お金が無かった(今もあまりないが!)あの頃は、今は廃止になってしまった加越線庄川駅から歩いたり、城端線福光駅から歩いた事もあり、その時の写真をアルバムで見て、懐かしさと自分の若かった姿に、はにかんでしまう。その頃の「雪山行きスタイル」は、黄土色のワイド型のキスリングに、自宅で使う本物のスコップを縛り付けていたものだった。そして、キャンプ後のテントが、リックの中に収まらず苦労した事をしっかりと覚えている。 p.m.6:55



1/28 昨日の雨の雪山に対して、“ やっぱり出掛けたのですか?”“なんという夫婦なのだ? ”“すき焼きとは?”  など6件のメールが寄せられた。“ 励まし ”“ ネタミ? ” などにしか感ぜず、山を知る人達だけに、馬鹿にされているなどとは思えない。海外の山や、厳冬期のアルプスに行けなくても、私の小さな山行は、掛け替えのないものであって、また、生き甲斐なのである。
当欄に、こんな事を記していいのか分からないが、Dr.早川氏から、次のようなメールを頂いた。「こんにちは 嵐の中のすき焼きなかなかおつでしたね。 昨晩登山の夢を見ました。  看護婦さん数名となんと元ちゃんを同行して大日岳を登るというものでした。 小屋泊まりで和気藹々楽しく過ごしました。」私は、超人早川氏とは、永遠に山歩きを出来るとは思っていなかったので、「夢」でもご一緒出来て嬉しいですと返事を送った。彼は、胃腸に関しては金沢で有数の名医で、特に大腸に関しては、相当の権威であると聞く。しかし、出来ればその医療でお邪魔するのではなく、何時か「山」で夢が実現出来ればと淡い期待を持っている事だけでも、ワクワクするものである。 p.m.3:00



1/27 始めから雨。重たい雪がカンジキに纏わり付くが、木製のカンジキにテープを巻いた「黒部のシュンちゃん」は、その雪を跳ね飛ばして、あたかも人間機関車のように、我々夫婦を引っ張って行く。洞山頂上で強風に吹き飛ばされそうになったが、直下に降りて、雪を掘りツエルトを張って「黄金の御殿」を作ってくれたのも「シュンちゃん」。その「シュンちゃん」が、中に入って「すき焼き」まで御馳走をしてくれた。凄い風と雨が容赦なく吹き付け「御殿」を揺るがしたが、こんな時、山に登って来る者にとっては、なんのそので「晴れもあれば、雨もある。」などと痩せ我慢である。ツエルト撤収後も雨の中を只管、降りるのであるが、ゴアテックスの雨具も、もう寿命なのか、全身ずぶ濡れで、靴の中にも水が溜まってしまった雪の山であった。しかし、この山行も何故か私には勲章なのである。 p.m.6:00



1/26 昨日、今日とお天気だったのに、明日は朝から雨の予報である。悪い事に気温もぐーっと上がるようであり、その後は冬型の気圧配置になるという。 「雨でも行こう!」と私より猛者になってしまった「黒部のシュンちゃん」に、絆されるようなスタイルになってしまったが、バカ同士に「山ノ神」が加わった「雨の中の宴会」が、乙な味になるかもしれない。 p.m.10:35



1/25 私は比較的物持ちの良いほうであるが、先日中型のザックとカンジキを求めた。ザックのチャックがイカレテしまい、だましだまし使っていたが限界が来てしまった。カンジキのツメが折れ、バンドも切れてしまい、これも新調した。劣化しているものも多くここに来て、一気に買い換えなければならないものが出て来たら、これこそ往生しなければならなくなる。靴、雨具、上着など使用頻度から見れば長く使用している。それだけ山が好きなら、何を削っても大事にならないうちに考慮しなければならない。 p.m.11:50



1/24 今度の休日に出掛ける山も決まっていないのに、2月中旬からの「越中の百山」行きが待ち遠しい。欲張りな計画を立てているが、天候、健康、家庭の事情など諸条件が付いてまわるから、半分も達成出来れば“ 御の字 ”である。その中の小矢部水系の5座は、何としても登り切ってしまいたい気持でいっぱいである。昨春は、下見を兼ねて長い雪の林道を歩いて、順尾山まで行って来た経緯もあるし、予備計画も含め実現出来たらと思っている。その先の計画もあり、荷物を担ぐ条件で、「山ノ神」同行を折衝中である。また、常願寺川支流の小口川沿いにある高杉山・熊尾山・東笠山・西笠山は、無雪期に登った東笠山以外は初めての山々で、一度では登れないかもしれないと思っているが、援軍の出現でもしかしたらなどと、胸を膨らませている。有力なメンバーが揃う「森石山」、また助っ人が出て来そうな「前大日岳」。欲を言えば、もう2座の難度の高い名峰に、立てれないかと模索している。どちらにしても、お天気が全てである。 p.m.11:55



1/23 今度の休日の予定も思案中である。お天気周りが悪く、希望の山には行けないのである。この時期1000㍍を超える山は、かなり条件が備わっていないと行けなく、お天気の時ばかりや、大勢の方々と或いは、トレースの付いている山にはいけるかもしれないが、そうでなければとても厳しいのである。そして、1月に行けるとはラッキーと思わなければいけない。「土倉山」は、やはり少人数では厳しく、もっと先に延ばさなければいけないようである。 p.m.11:50



1/22 このところ、不思議な事にHPの作成に関する問い合せが多い。世にはもっと素晴らしいHPが沢山あるのに、何故私なんかに尋ねるのだろうと考え込んでしまう。それ自体は光栄に思うし、本当は嬉しいのであるが、PCの事があまり分かっていない私は、何故か可笑しな感じである。見栄えが良くない上に、ローカル色が強く、自己満足で成り立っているHPなのに・・・・・・時折、怪しいが「毎日更新」に拘っているからだろうか? されば「継続は力なり」である。ほんのちょっとでも、評価して頂いているのなら嬉しい! “ 赤裸々に書くな!” などの意見もあるし、“ それがいいのだ!” の評価もあり意見の分かれるところであるが、今しばらくは続けなければなるまい。 p.m.11:15



1/21 今日で母が亡くなって満2ヶ月になる。それから、もう10回の山行を重ねた事になるが、自分のライフスタイルとして、確立されてしまったので、問われても、どういうことも無く「修行」のようなものですと、簡単に答えるようにしている。その2/3くらいはお天気も良くなく、只、黙々と歩いているようなものであったが、「ミニ宴会」を重ねる「山ノ神」の事も、さほど気にならず、マイペースで山行を続けている。だから、数少ない「山の友」と出掛ける機会を、私はこれからも大切にしたいと思っている。 p.m.0:10

1/20 昨夜からの雨で思い悩んで出発が遅れた。低山といえども雪山の雨は、普通は出掛けないものである。最近は意地というか、何が何でも出掛けなくてはいけないようになってしまった。これがライフワークなどと言えるのか?・・・・自宅発が午前10時と遅い出発となってしまい、近道をしようと思ったのが仇になってしまい、立山町の「石坂」から立山カントリークラブに出てしまった。こんな事があり、「塔倉山」の登山口の長倉は、雨が雪と変わる午後0時発となってしまった。前日に出掛けられた俵さんの情報もあり、縦横矛盾のトーレスに助けられて難なく山頂に立てたが、やはりトレースのない開拓者魂で歩くのがいい。今日はおりからの雪が、そのトレースの上に、少しは積もって化粧をしてくれたけれど、ルートファインディングのいらない山は、自分が何処にいるのか、わからなくなってしまう事がある。今日は、近年作られた夏道に沿ったルートを辿ったが、何年か前の冬に「塔倉山」に、独り入った時は、何処を辿ったのか思い出してみたが、雪が降りしきる中では思い出せなかった。 p.m.10:25



1/19 なんやかんやいいながら、利賀の「鉢巻山」に出掛けた。昨日のものなのか、トレースが付いていて楽勝ムードであったが、「山ノ神」が不調でピッチがあがらなかった。私は私で、小枝の跳ね返りを、三度もまともに、目に受けてしまい蹲らなくてはいけないような痛さであった。また、下山時は、腐った雪に足をとられ、逆方向に足が曲がり危うい所で「黄金の足」を失うところであった。何時もうるさい「山ノ神」が、今日、もし、いなかったらと思うとぞーっとしてしまう。カンジキのバンドが切れ、山の用具屋さんに買いに行く予定だったが、バンドどころか、カンジキまでも壊れてしまい、今度は三代目のカンジキのお世話になる事になる。 p.m.7:55



1/18 明日・明後日の山行予定が未だ決まっていない。母がいた頃は、容態を見ながらギリギリまで決まらなかったが、もうその必要がないながらも、このお天気で決めかねている。予報が悪いと、どうしても同じ山になりやすく「山ノ神」の承諾を得られない。チョット口を滑らし、群馬の「赤城山」、京都の「愛宕山」などの山名を出したら、すぐ飛び付いて来たが、苦しい経済状況の中、二つ返事が出来ないのである。雨なら「あんた独りで行って来られ!」そんな時しか、単独行が許されないようになるのだろうか、思い通りになった昔が懐かしい。 p.m.7:50



1/17 「花じい」が面白い事をやっている。彼のHPに「山と花の小話」というコーナーがあり、その小話(小噺)の大賞を選ぶ企画である。小話大賞に登場した人物を表彰するのは面白いし、また投票した人にも、ユニークな賞品が当たるのである。その小話に「花じい」がよく登場するし、持ち前のキャラクターで人気も高い事から、彼が大賞の有力候補である事は間違いないのであるが、彼が企画したのに彼が受賞しても面白くないと、他候補に投票するよう呼び掛けている。“ 私にも賞品を出せ!” と催促されているが、元々面白くない男であるから、笑いを呼ぶ賞品を未だに見いだせないでいる。私のHPの「リンク集」から「花じいのHP」に是非行って下さい。 p.m.8:10



1/16 同じ山に10回ぐらい登らないと、その山の味がわからないような気がする。1回や2回で、あの山が嫌だとか面白くないなどと、レッテルを貼られるのは可愛そうである。高山は別にしても、春夏秋冬に登れば、その山の評価も変わってくる。そういう私も記録を調べてみると、そうは登っていなかった。牛岳71回・医王山32回・剱岳24回・大辻山15回・白木峰14回・立山11回・小佐波御前山10回・千石城山(20回くらい)。それに続く山として、中山・高峰山・僧ヶ岳・金剛堂山・雨飾山の8回である。近年に40~70回登ってもこの程度であるから、「同じ山に複数回登る。」も、決して容易な目標ではない。



1/15 昨年「花じい」や「ターさん」を介して得た山友に「黒部のシュンちゃん」がいる。「赤谷ノ頭」行きで出会い、「川上岳」「高落場山」「大辻山」もご一緒したが、どれだけ山を愛しているのかも知らない。「越中の百山」などに興味が無いなどと言っていたのが印象的だったが、来月の「森石山」には同行してくれる事になった。このところ、私が負けるような山行回数の上、先日の連休時には「尻高山」で、旧友と雪中キャンプをしたようである。(メーンページに、今夜から画像を、一日借りる予定である。)その旧友のH氏は、昨年「大猫山」で、私と一声交わした事があるとわかり “ これも縁だな~あ。” と思ってしまった。 p.m.4:30



1/14 昨日の高峰山への林道歩きは2時間半を要した。最近は、マイナーな山行には、林道歩きがつきものような気がして、左程気にならなくなった。でも、雪の林道歩きは、状態によって、それこそ「行って来る程」の差が有り、時には辛い思いをしなければならない。昨年は、「順尾山」「マルツンボリ山」などの片道3時間超の林道歩きを経験しており、“ これくらいなんのその ”である。でも、こんな時にスキーがあったら、スキーが履けたらなどと、山スキーのテクニックもないくせに思ってしまう。 p.m.11:15



1/13 昨夜、北川氏から「千垣山」に誘われ、心が動いたが次の機会にお願いした。また、この時期1000㍍を超える「大辻山」には魅力があったが、晴天に恵まれた土日に、かなりの人に登られたようで、トレースがはっきりしていたのが気に入らず、長尾峠から鳥越峠までの、またまた長い林道歩きとなった。もっとも、鳥越峠からと、高峰山頂からの「剱岳」の写真を撮り直したいという気持は前々からあったので、“ ガスよかかるな!” と祈る気持で、この絶好のコンディションの中、辛い林道歩きとなった。カンジキのバンドが切れたり、ウィンドブレーカーを落としたり、ザックのチャックが壊れたりなどアクシデントもあったが、今日も高峰山頂を独り占め出来た事や、車に乗って日が暮れるまで、「剱岳」を仰ぐ事が出来、スキー場帰りのラッシュに遭遇しても、全然苦にならなかった。 p.m.10:45



1/12 同じ山ばかりに行っていると画像も変わり映えしない。明日の大辻山も、昨年の11、12月に続いて3ヶ月連続になる。もう少し早く出かけて、その先に行ってみようか! p.m.7:35



1/11 12月末から1月は、どうしても同じような山ばかりに出掛けてしまう。変わりやすい天候もあるが、やはり雪量がそうしてしまうのであろう。「牛岳」「千石城山」「小佐波御前山」「負釣山」が定番で、「尖山」「来拝山」「八乙女山」があり、1000㍍超える「大辻山」は、条件のいい時しか行けない。でも、お天気が安定して、雪質が固まれば、2~3月でないと出かけられない山にも、チャンスがあるかもしれない。このお天気が続けば、明後日の「大辻山」も、難なく行けるのではないかな!



1/10 あまり当てにはならないが、今度の休日(13日)は、まずまずの予報である。この日は、「山ノ神」が所用のため単独行を許された日であるが、条件が揃わない限り、高い所へは行けない。次週の19日(日)と二回続けて、皆さんと休日が同じになるから、人気のある所へ出掛ければ、多くの方々とお会い出来て楽しいのであろうが、どうしたものだろうか!また、19~20日は連休になるため、久し振りに雪中キャンプもやってみたいという気持もあり心が揺らいでいる。今春、「越中の百山」の10座を登る為に、5回の山行を企画しているが、どうしても、雪中キャンプをしなければ、届かない所もある。体力、天候の事もあり、そうそう上手くゆくはずもないだろうが、今は燃えている。 p.m.0:55



1/9 今年も早いもので、一週間以上過ぎてしまった。昨年の同時期の山行回数の4回と肩を並べている。“ もう元通りになって山を楽しんでいるのですね!” と心配してくれていた方から安堵してくれるメールや、“ ドカ雪の時でも山に行くのかね?” と驚きのメールが届く。でも、その方々からの山行報告がもっと嬉しく、低山でも雪があれば雪山、冬に登れば冬山なのである。また、富山のマイナーな山の事を書き続けていて、名も知れぬ山や、わからぬ地名を羅列していても、“ それは何処?” などと地図を広げながら応援していてくれる方々もあり実に嬉しい事である。また逆に、私がその方々の山行報告を基に、新しき山を見つける事も喜びである。



1/8 ドカ雪も今日のお天気で一服であり、我家前の道路の除雪排雪が行われ、デコボコの道もようやく元通りになった。一昨日の「立山国立少年の家」まで2時間、昨日の立山町横江までは1時間を要したが、帰路が凄い渋滞になってしまった。来拝山の帰路は3時間半、尖山の帰路は2時間を要し、特に高岡市内の渋滞が凄かった。我家近くの「広小路」交差点などは、全くというほど、車が動かなかったのである。今日、山に入った人は、気持が良かったと思うが、それなりに凄いラッセルを強いられたことだろう。また、駐車するにも苦労があったのではないかと思われる。今週末は、またあまり良くない予報が出ているが、未だ先の事はわからない。 p.m.5:40



1/7 “ なんという夫婦か?” とまた言われそうだが、でも、車に乗ってしまった。私は、昨日トレースを付けて来た「来拝山」のてっぺんで、ツエルトを張ってゆっくりしても良いと思っていたが、「山ノ神」に押し切られた感じで「尖山」になってしまった。今雪4回目の開拓者である。尖山は、「山ノ神」の方が詳しく、私は古びた人間ラッセル者(車)で、その指揮のもとに、ハイハイと動くのであるが、時折オーバーヒートか、ガス欠なのか動かなくなってしまう。チョットした餌を与えられ、危険な所や辛い所は、鞭打たれ進まなければならない。お山のてっぺんに着いたら、運転手の私を抜きにして、まわりの山々を眺めながら、独りの宴会が始まり動こうともしない。でも、今日も山頂まで行けるのかと、あの雪中の弱気を克服した、ご褒美だと思えばいいのかもしれない。 p.m.8:30



1/6 “ こんな日に山へ行く人はないだろう?”  と言いながら、また行ってしまった。この雪では、「お山のてっぺん」に、とても行けないと思いながら、「立山国立少年の家」着いたのが、午前10時50分であった。文部省の施設だから、絶対道が確保されているなどと、勝手に思い込んでの選択であったが、ロータリー車とブルドーザーで、二車線目の除雪が行われていた。準備をして出発が11時を回っていたので、凄い雪量を見ると「来拝山」に登る気になれず、城前峠までの雪中散歩のつもりで大辻林道に入ったら、なんと、林道がスノーモビルか、何かを使って圧雪状態になっていた。(推測では城前峠までかな!)膝から腰位まで沈む事を覚悟して、その思惑が外れたところに、林道①大丸Aの標識が目に入った。時刻は11時半で、チョット遅い出発であったが、標高差もあまりないし、「立山国立少年の家」の山のような感じで、標識もしっかりしているから、(登ったら、絶対迷わないくらいのマーキング)問題ないと思って登行に当てる時間を設定して登り始めた。只、気掛かりであったのは、凄い積雪と地形図とコンパスを持っているものの、過去に何となく一度登った経験があるものの、来拝山の事は知らないでの登行であった。一足そのルートに入り込めば、膝上から腰近くまでの雪量には、二人では辛いラッセルになった。急斜面では、腰どかろか胸までの雪との格闘にイヤハヤ参ってしまった。午後2時15分来拝⑥の稜線に出たが、この標識がどのようなものなのか掌握出来ていなかったのが、後々に響いてしまった。それより10分程登った所で、時間の事もあり簡単な食事をして退却する事にした。しかし、高度的にはもう頂上に近いはずだと諦め切れず、休息後、再び腰上の雪と格闘して20分程登った。もう頂上のはずだがと思いつつも、午後3時を回ってしまった事に見切りをつけ、一目散に雪の山を駆け降りた。思ったより早く降りてしまった事と、明日の少年達を受け入れる準備をしていた「立山国立少年の家」の職員の方々に、もうそこは頂上に近い所ですと聞いてしまっては、それならば “ 暗くなる事を、あまりにも気にし過ぎてしまったな~あ。” と後悔してしまった。 p.m.10:15



1/5 一夜明けてシャッターを開けてビックリ、凄い雪である。自宅前道路の消雪装置が、今冬から作動しなくなった事も手伝って、仕事そっちのけで一日中除雪である。正午前で高岡の積雪は70㌢になってしまった。このまま降り続けば明日の山行はダメであろう。午後から止んだとしても、アクセス道路や駐車の事で、また悩まなければならない。しかし、何処かへ行きたい。 a.m.11:50



1/4 昨日の「千石城山」行きで、上市に向かっていた頃、車中からの「剱岳」は、雪を抱いて何故か何時もより鋭く見えたが、「千石城山」の山頂からは、肝心の「剱岳」の核心部が見えなかった。しかし、はっきり見えた山並は、雨を呼ぶような雰囲気だったように、案の定、昨夕から雨になった。雨が雪に変わってこの週末は、また新たな雪の上を歩く人達の事を思うと、今日から仕事の私には、精神衛生上良くないなどと勝手に思っていた。今朝は、やや日が差すかと思われたが、その後の雷を伴った風雪に、今日出かけた人がいたのなら、“ 大変な日でしたね!” の心に変わっていた。今日も明日もこの天気が続けば、私の休日(6~7日)は、低山でも山頂に届かないかもしれない。 p.m.4:15



1/3 昨年も、2日が「牛岳」、3日が「千石城山」であった。今日も「山ノ神」同行のはずであったが、長男の帰阪に夫婦共々留守(見送り)にするわけにもいかないだろうとなって、私が代表?して「千石城山」行きになった。ツルツルの道を嫌って、予定よりチョット遅れての出発だったはずなのに、またしても、早乙女湖畔から林道を250㍍入った所からのラッセルとなった。昨日の「牛岳」の事を思うと、雪量が少なく楽であったが、雪質が悪くカンジキにカッパ(富山ではコッパとも言う=履物などに付着する雪。)が着いて歩きにくかったのと、何と言っても単独が響いた。しかし、稜線に出てからは、後続の一度お会いした事のある「かのちゃん」の支援を得て、楽チンしてしまった。山頂では、「剱岳」のてっぺんは見えなかったが、他の山々は、雨が近い時特有の大きくはっきりした山容を見せていた。無雪期の登山口に降りた頃、携帯をしたばっかしに、それも意味がよく通じなかったため、「ターさん」が青色のウエアーを纏ってやって来た。どちらが悪かったか良く分からないのだが、「森石山」行きと、先日の「臼越山」の事で、十数分のホットな会話となった。車を飛ばして帰った事もあったが、昨夜から友人宅に、お邪魔していた長男が、家に戻ったのと私が戻ったのが、同じくらいだったので、「山ノ神」は頗るご立腹だった。 p.m.5:25



1/2 前夜からの降雪で、覚悟はしていたが、登山口からのラッセルとなり、頂上まで4時間半も掛ってしまった。でも、ここ2~3年のお正月としては、(1月2日)展望が望めなかったものの、とても良い条件だったように思えた。しかし、アルコール漬けの身体が祟ったのか、それとも最近変調が感じられる身体だからかもしれないが、思うようにピッチが上がらず、それに引き換え何時も “ お荷物 ” の「山ノ神」がスイスイと私を引っ張っていくから、益々自分のもどかしさを感じてしまった。稜線に出て悪戦苦闘していた登山口から3時間半経った所で、別尾根から来た二人組と、私達のトレースを辿って来たと言われた雪の牛岳で過去2度お会いした事ある吉尾氏と合流し、頂上まで辿り着けるかと思っていたのが難なく達成する事が出来て、快適な山歩きをする事が出来た。明日は、このきれいなトレースを辿れば難なく牛岳山頂に行けますよ!



1/1 昨年は、何かとご心配をお掛けしました。今年も何卒宜しくお願い致します。

〓 今年の山行目標 〓
1、 ゆっくり山を味わいたい。夏は「北ア」で、時を過ごしたい。
2、「越中の百山」残り20座を切る事。123座の内残り27座。今年8座登頂が目標。
3、「百、二百、三百名山」合わせて110座以上の登頂。現在96座で、今年14座登頂が目標。
4、「日本百名山」今年4座登頂が目標。(現在51座)
   a.m.11:10