3/31 今日は賢く無い頭を一日中使ったので少し疲れた。HPにかかる費用は少なめで、広告を載せずに容量を増やす作業に取り組んだのである。元々メカに弱く、いろいろアドバイスを頂いても、今一つ飲み込めず、かなりの時間を要してしまった。最後には、私の子供のような年齢の「おおばちゃん」に手解きをお願いした。鈍い私にメールで何度も何度も懇切丁寧にお教え頂き、ようやく夜半近くに、何とか思うようになってきた。これから約10倍の容量を使えるから、もう少し鮮明な画像を貼り付けたり、動画なども取り入れたり出来ないかと模索中である。しかし、ブロードバンドなどと言いながら、まだダイアルアップの方もあり、あまり重たい(容量の大きなもの)画像ばかりも面白くないかもしれない。また、携帯から情報だけを覗けるようにすれば便利なのだと思うが、私にはそんなに情報が集まらないし思案のしどころである。されとて、紀行文など溜まり過ぎているのに果たしてそんな事が出来るのであろうか? 私は決してHPのために、山歩きをしているのではない。でも、HPを止める時は、山歩きを止める時かもしれない。私にアドバイスしてくれた「おおばちゃん」お酒にも山にも興味がないお兄ちゃんなのだが、何でお礼をしようか、やはり無理やり「山の話」を聞いてもらうしかないようである。 p.m.11:15



3/30 今年3ヶ月間の山行回数が20回となった。私としては内容は別にして、まずまずの回数である。昨年同期の22回には及ばないが、カレンダーの関係もあり、実質1回減に留まっている。それも、葬儀のための欠席(?)であるから致し方ないのであった。只、決定的に違うのは、「山ノ神」以外の同行者と伴にする機会が、とても多かったという事であろう。そして、同じ仲間と行くにしても、必ずしも固まらず、常にゲストがあり、新鮮さが伴っている。それが、ある意味では、緊張・気遣いになり、マンネリ化を防いでいるようにも取れるのである。先日の前大日岳の帰路、我らのホープである長勢君が、「元さん、4月の月曜日が全部休みになった。」と言ってくれた。思わずニッコリしたが、その後、「あんなのに、まともに付き合ったら、こっちの身体がもたない。」と思った。「山ノ神」を含め、ちょっとブレーキになる要人を、ゲストに招かなければ、山行が成り立たなくなるような気がしてきた。 p.m.11:59



3/29 昨日は、雨ならもっと低い山に、行き先を変更の思いがあったものの、幸いスタート時に、雨は落ちず決行となった。その小雨模様は、雨具を着たり脱いだりとなったが、稜線に出てからは、防寒用になった。幸い雪はクラストしておらず、一応安心ではあったが、風そのものにもっていかれる危険性は充分にあった。青空はなく、白黒の世界であったが、雨が近いせいか山々がくっきりと見えた。あの暴風でも、何とか前大日岳の頂を極めたいとは思ったが、早乙女岳へ行こうなどの色気は全く起こらなかった。下山時も、強風と重い雪に足をとられ、とても歩きにくかった。文研前進基地にある積雪観測のポールでは、登りと下りでは、積雪が20cmもマイナスになっていたように、人津谷では、大きな雪崩が発生していて驚いてしまった。しかし、人津谷の雪量は多く、スノーブリッジを渡る事が出来、まだ渡渉しなくてもよかった。 p.m.7:45



3/28 さすが、「好山病友の会」小雨降る中、福井から宮下女史をゲストに迎えて前大日岳山行を決行した。雨の割には視界が広がり、臼越山や早乙女岳を割愛したものの、素晴らしい山行となった。雪見平からの稜線は、平野部の台風よりも凄い強風に見舞われ行く手を阻まれた。身を低くして強風に耐えたり、風下の斜面をトラバースしなければとても前には進めなかった。標高差100m足らず、時間にして20分程手前で「山ノ神」がギブアップ。ビール付きの洞穴に待機させ、北ちゃん・長勢君・宮下女史と私の4人で山頂を踏んだ。カメラも何もあったものではない。リックカバー・帽子などを吹き飛ばされ、無理やり撮った写真も大きくぶれているに違いない。僅かの山頂を楽しんだ後、「山ノ神」の待つ洞穴に戻るにも、すんなりといかなかった。皆口々に、「30mの風どころではなかったな!」・・・昼食は遅くなったが、午後2時前、文研前進基地前で、多彩な料理を楽しんだ。積雪は4m20cmであった。 p.m.8:30



3/27 明日の山行は悩むところ。雨・・・・どうしよう! p.m.11:59



3/26 山沿いでは結構積雪があったようである。そして明日は好天の予報である。出掛ける人にしてみれば、この上ない山行機会である。しかし、その後が良くない。もうチョット遅く崩れてくれないかと願うのであるが、振り返ってみると、3月は、出掛けに雨や雪があったが、歩き始める頃に晴れ上がったりしたものを含めると、全部お天気に恵まれた。今度くらい雪や雨になるのは、当たり前かもしれない。でも、何処かへ出掛けなければ収まらないのである。そして、今年20回目の山行となる。 p.m.11:59



3/25 お天気が悪い方に向いている。今朝は薄っすらと雪化粧をした程度であったが、明朝までは平野部でも積雪が観測されるというから面白くない。日曜日も曇りになり月曜日は「傘マーク」が付いた。何時また変わるかもしれないが、計画するものにとって気乗りがしなくなる。人津谷から前大日岳を目指すのであるが、「山ノ神」同行では、その先の早乙女岳までは、狭い鞍部があって無理である。ならば、ガスで視界が阻まれて、剱岳を仰いだ事がない臼越山の周遊も考えられる。どちらにしても、雨・高温・多量の積雪ならば、計画を変更しなければならないかもしれない。 p.m.6:10



3/24 「書く事がない。書けなくなった。」というHPを見た。長い間綴り続けていると順風満帆といかなく、私にもそんな心当たりがある。それが山に限定して書き続けるとなると尚更なのである。山行記録や山への思いを中心に載せるにしても、書きたくない事、書いてはいけない事もある。チョットオーバーなくらいならいいが、ウソを書くのもイヤである。私の行く先などは、直前に決まる事が多いが、先に決まっていても、ファージーにする事もあり、しなければならない時もある。山への思いを日記的に綴って公開しているのであるが、何気なしに書いた事が、知らず知らずの間に、人の心を傷つけている事もあるやもしれない。気を付けたいところである。私のHPは、「掲示板」がない事もあるが、頂くメールにしても、今まで一度の中傷を受けた事も無い。誤字脱字・消し忘れ・思い込みなどの指摘を受けた事があるが、それは嬉しいメールである。



3/23 このところ、当欄に長勢君の登場が多いからか、「長勢君てどんな人?」 「長勢君は、凄い人なんだね!」などと時々尋ねられる事がある。「若いから物凄く元気ですよ。そして、山に対して前向きで、非常に研究熱心ですよ。」と答えるが、「こんなオッサンやオバサン達に、良く付き合ってくれるよ!」も付け加える。雨の日も、雪の時も出掛ける中年軍団に、聊か興味を持ったようであり、「若いものより、中高年の方が元気ですよ。」社交辞令を忘れない彼は、あどけない所もあり、可愛い存在である。「元さん、誉め過ぎだよ!」の言葉が返って来そうだが、もっと実力が発揮出来る場所を見付けて欲しいと思わずにはおられない。考えてみれば、まだ、2ヶ月余の付き合いだが、中味が濃い。いつの間にか、彼も歴とした「好山病友の会」のメンバーである。 p.m.8:55



3/22 今日は、右目がチョット痛い、鼻の頭がチョット赤い、そして少し脹脛が張っているが、それ意外どうもない。昨夜は久し振りに7時間程寝た。でも、まだ眠い。その先3日間は、睡眠時間が3時間・3時間・2時間と続いてしまっていたからである。 昨日も鳥ヶ尾・鉢伏山行の帰路、眠たくて3度車を止めた。「山で遭難しないかもしれないが、車で遭難するな!」と、こっぴどく友人達に言われているくらいに、何かあったら大変である。山中を歩いている時は何でもないのだが、車に乗るとすぐダメになってしまう。この時が一番体力の衰えを感じる時でもある。昨日は、鉢伏山のてっぺんに立てなかったのであるが、でも随分充実した一日を送ったような気がする。「もう少しだった。」来年また挑戦すれば良いのかもしれないが、条件が必ずしも揃うとは限らない。それよりも、ずーっと歩けた事と、良きパーティーを組めた事に感謝したい。 p.m.7:35



3/21 7年前の2月中旬、深雪を踏み締めて登った鳥ヶ尾山の好印象は、ずーっと脳裏に残っていた。あの時は、鳥ヶ尾山までが精一杯だったが、いつかは鉢伏山までの思いを「好山病友の会」のメンバーに託し、長瀬君が同行なら山頂が踏めるような思いもあった。突然、「北ちゃん」が不参加になり、「う~っん」となったが、イマイチ女史の加わった総勢4名となった。少パーティーはまとまり、鳥ヶ尾山頂上には午前9時半前に達する事が出来た。これならば鉢伏山に届くのではないかと胸を躍らせたのであるが、昨夜来の雪は意外な所で、我々を苦しめた。急斜面はカチカチ、平らな所は膝までの積雪であり、カンジキ・アイゼンを何度も取り替えた。アイゼンに雪が纏わり付いて、靴が倍になるような団子状態になり、体力が消耗していったのである。極め付けは、1290m付近で、急斜面を直登すれば、雪庇が怖いので、トラバースする事にしたのであるが、結構びびったのである。カンジキ・アイゼンを各自用意したものの、ロングコースのためピッケルを外したのがアダとなってしまった。最も非常用に1本は用意したのであるが、地図上での「緩やかな長いコース」ばかりが頭に有り、「壁」が全く予想をしなかったのである。その場面で先行の長瀬君がステップを懸命に切ってくれたのであるが、意外に時間とエネルギーを要してしまったのであった。でも、その展望なるや「絶景」の表現がピタリあてはまり、私の大好きな大地・初雪山に負けないものである。大日岳の上に、それこそほんのチョッピリ剱岳が見え出した1500mの高台で、今日の行動にピリオドを打った。力が余る長瀬君に単独で登頂を勧めたのであるが、皆と行動を共にしたいと、午後0時40分穴掘りの儀式に入った。暖かい居住空間からは、今日目指した鉢伏山はもちろん、薬師岳や立山・大日岳・毛勝の山々、目を右に移すと、東笠山・西笠山・高頭山、遠くに白山も遠望出来た。帰りは雪山を味わっている方なら分かるように、ルンルン気分で降りたが、鳥ヶ尾山からの下りは、凄い勾配の所を登って来たものだと、感心しながら林道に着いた。車に帰ったのが、午後7時前で真っ暗。午前5時アルペン村に集合してから14時間であった。大地・初雪山に劣らない絶景と称すれば、また多くの方々が訪れるやもしれない。複雑な心境である。



3/20 「山ノ神」の友人を含めて総勢7名の土倉山行きになった。誰も土倉山の経験はなかったが、前週「細蔵山行」の折、しっかりルートを頭の中に叩き込んでいたから、取付きさえ問題なければ、後は、一本の尾根を登ればいいのである。大倉山からの稜線に出なくとも、赤谷ノ頭・大熊山・大日岳そして剱岳を眺めながらの快適なルートであった。金沢からやって来た単独行の小豆沢青年とも、山頂まで一緒する事になり、「山の話」を楽しんだ。稜線に飛び出したら、一気に視界が広がり、素晴らしい剱岳や毛勝の山々が目に飛び込んで来た。そこから土倉山頂上までは、5~10分ほどである。広い山頂の展望は素晴らしいのであるが、美味しいご馳走も風当たりには耐え切れず、フードを作った別場所に移動する事になった。山頂では時々メールを頂く「山順さん」から声を掛けられて嬉しい思いをした。その山順さんご一行が、大倉山に足を延ばされた2時間後、予定を変更して我々もそのトレースを追った。小さな雪庇が連続する稜線漫歩は、剱岳・毛勝の山々をイヤと言うほど眺めさせてくれる。、しかし、この先の行程に、美味しい料理を担ぎ上げてくれた堀シェフの体調が悪く、小さな登りでも完全に息を切らすくらいであった事と、土倉山への登りで私がカシミール地図を紛失してしまった事が、チョッピリ不安であった。これまた広い大倉山頂で、最後の大展望を楽しんだ後、本来の大倉山ルートとかけ離れた、先行した山順さん一行のトレースを辿る事にしたのである。山頂で初めてのルートを行く事を小耳に入れてはいたのであるが、なかなか大変なルートであった。幾つものアップダウンを乗越え、雑木の間を掻き分け、林道に出るのに、崖を降りなくてはいけなくなってしまったのである。その地点で真下に見える伊折橋まで標高差200m、時刻も午後5時に迫っていた。先のグループは自分達の思いと違った方向に林道を進んで行ったが、反対方向の林道を進めば、暗くなってデブリを渡らなくてはならないような気がし、地形を総合的に判断して、一気にその斜面を駆け降りる事にした。それが奏効し15分で車の待機場所に辿り着く事が出来た。チラチラした小雪が、車に戻った頃から小雨に変わり、国道8号線に出た頃にはどしゃ降りになり、今日一日の縮図のような気がした。



3/19 筏井夫妻が所用、シュンちゃんが高熱の風邪と、主要メンバーが戦列から離れるちょっと寂しいハレルヤ山行であるが、明日は土倉山に出掛ける事になった。3連休は好天との予想であったが、明日は曇りのち雨である。しかし、雨も夜になってからであり、降水確率も低いから心配する事がないのかもしれない。企画段階で、ちょっと揺れたハレルヤ山行だけに、皆に報告出来るような素晴らしい山頂からの展望であって欲しいと願わずにはおられない。ちょうどこの頃は、カンジキとアイゼンの端境期である。カチカチかシャワシャワか、これも行ってみなければわからず、準備だけはしなくてはいけない。 p.m.10:30



3/18 福井でCRACLI(crazy climberの略)のタイトルのHPで頑張っているcyuさんがいる。しかし、3/3から更新されず、ちょっと休養のようである。彼女の事を多くは知らないが、しっかり者で、凄く愛着がもてる可愛い女性である。HPをあんなに大事にし、また皆から可愛がられていたのに、休まなければいけないなんて、それはそれは大変な出来事が起こっているに違いない。何の力も貸せない自分だけに、そ~っとしてあげるのが一番いいようである。私も「有事」から、はやいもので10ヶ月である。あの時の、多くの方々からの激励は本当に嬉しかった。だったら、返事を期待せず、激励のメールを送ればいいのである。辛い時は、逆にちょっとの時間を惜しんで 何でも出来るようである。振り返れば勉強もかえって出来るのである。昨秋の大猫山に「山ノ神」共々ご一緒したように、「いつでもおいでよ!」と言ってあげたい。そのHPの掲示板の管理を、親友のkotamaさんが、代行を努めているから、これまた凄い!何もかもが良い方向に進んでいく事を願っています。 p.m.11:50



3/17 毎週歩ける事に感謝している。そして、楽しくて楽しくて仕方がない。それは修行とか試練とかと、かけ離れた快楽だからかもしれない。少々身体を痛めようと、すぐ美味しい食べ物が待っているように、地獄がなく天国ばかりである。しかし、「山の話」で盛り上がっても、自分を見つめ直したり、友の心に深く入り込んだりする事がなくなって来た。「いい歳をして、今更何を・・・・」などと声が掛かるかもしれないが、心は青年期とそんなに変わっているわけがない。最近は涙腺が緩み、やたら目頭を熱くするが、じーっと山と対峙する事も少なくなった。ワイワイもいいが、感傷に深けるのもいい。酒を飲もうが飲まないが、喋ろうが喋らまいが、横にいてくれるだけでも、存在感のある友もいる。月や星を眺めながら、語り通せる時間はないのであろうか?その時だけは、若い気持ちでおられるような気がしてならない。 p.m.5:40



3/16 3/14の細蔵山行に、約束とは言え、風邪を押して参加して下さった尾田氏に、世辞かもしれないが、楽しかったと言われて胸を撫で下ろしている。得意の山スキーを捨て、我々と同じカンジキを履いての山行だけに、勝手が悪かったと推測しているが、流石に急斜面に来ると血が騒ぐというのか、一目散に駆け上がっていく様子を見るや、本当に体調が悪いのかと思う程であった。苦手な宴会にも快く付き合って下され、我「好山病友の会」の心意気を、感じ取ってもらえたような気がしてならない。好山病の感染歴が短いだけに、入会を勧めるわけにはいかないが、特別会員として、年に1~2度招きたいものである。自称無口と言われていたが、目を細めて、笑いながらのおしゃべりは、対等以上のものであり、「山の会」を掌握している力量が伺えた。 p.m.6:15



3/15 昨夜、山から帰ってメールを開いたら、思わず笑ってしまった。(と言ってもニッコリと!)最近、ラッセル隊長として、あてにしている長勢君からのものであった。「午前中から、なかなかの天気、行けなくて悔しい思いです。おそらく相当の新雪だったはず。山頂に届いたのなら、皆さんは、今まで猫を被っていたのでしょう。今度からはラッセルも山分けですよ。」 急斜面を好んで登り、尚且つ、重荷を背負って、やっと我々のペースと同じくらいに落としてくれる彼が、我中高年グループに、何か可笑しいと感じたのだろうか? 変わっているのは、雨でも雪でも突進するくらいで、特別の体力・技量を持ち合わせているわけでもないのに! 来週のロングコースに、重いものは担がず自己装備だけだったら、美味しいものは食べられないが、さて、彼は、どちらを選んでくれるか? p.m.0:55

 

3/14 ちょっと時期は早いが、美しい雪の間に登りたいと言って提案していた「細蔵山行き」だったのに、寒波襲来で事の他悩んだ。それでも、降雪の中、午前5時半上市町に集合して、伊折橋詰を出発したのが午前6時40分であった。山頂おろか、1330mのピーク、また、木ノ根山にも届かないかもしれないと、臨んだのであるが、必要なラッセルを求められたものの、いつもは雪が着かない取付き付近から全面雪に覆われていた。逆にいつもは着かないヤブの喉ような痩せ尾根に雪が着き難儀したが、チームワーク良く乗越え、いつの間にか雪は止み、青空が広がって行くという最高のおまけまで付いて来た。しかし、歩けど歩けど地図上では進まないもどかしさに、山頂には届かないだろうと思っていた事が現実化していった。それでも、正午ちょうどに、「木ノ根山」に立つ事が出来て、未練はあったものの大休憩とした。湯豆腐料理をメーンにした今日も豪華なもの! 風もあまりなく、陽が差し穴掘りのアルバイトはしなくても良かった。(余興で小さいものを造ったが・・・・)これでは山に来ても痩せないと言う程お腹いっぱいにして、下山しようとした矢先、「ところで、ここは本当に木ノ根山?GPSで確認しておこう。」との一言が、波紋となった。その地点は、eiko女史も先輩に連れてきてもらっているし、私もそこが木ノ根山だと思い込んでいた。これは大変とGPSを片手に、疲れ切った?人にもハッパをかけ、その山頂を見つけ出す事が出来た。これといった目印はなかったが、深い雪の中に埋もれていた杉の木に書かれた赤ペンキの「文字」が解読出来なかったが、それらしき山頂の目印のように思えた。思わぬ山頂の記念写真を撮り、気分よくして下山に着いたが、赤く燃えた空に剱岳のてっぺんは姿を現さなかった。(大休憩場所から木ノ根山へは、東に30秒ぐらい進まなければいかなかった。==時間にして10~15分程)



3/13 昨夜からの降雪と、一時的にも日中の陽差しに一喜一憂していた。真冬並みの寒波に、福井の友人達は、今回の「細蔵山」をパスする事になりチョット残念! ちょっとや、そっとで降参しない「好山病友の会」と、尾田さんの5人だけになった。何処までいけるかわからないが、昨年6月の「犬ヶ岳」と同メンバーである。積雪状況はわからないが、登頂・撤退・変更など様々な想定をしつつ、食事だけは楽しいものにしたいと思っている。何処で穴を掘るかも一つの楽しみである。 p.m.11:00



3/12 強力接着剤で補修されたカンジキは健在である。しかし、ビーズを外したため、片方のカンジキに左右合わせて8ヶの穴が残った。そこから雪が入り、のち水になって溜まるのには参った。山では雪が入っても、水になる事はないであろうが、少しは重くなる事は歪めないであろう。ビニールテープで巻いてみたが、出刃部分だけにやり難かった。メンテナンスの事を考えるとそういう事しか思い浮かばなかった。 
 今日も長勢君は、大品山に出掛けたらしい。現在は、「穴掘り」に没頭しているらしく、いろんな小道具を試している。その事において、論文でも書いたらなどと提案したくなる。その大品山には、日中20cmの積雪があったという。何もかもを隠してきれいになるのだが、今回はもういらない。p.m.9:45



3/11 無情である! もう一度くらい寒波がやって来ると思っていたが、実に都合の悪い時にやって来た。せっかく楽しみにしていた「細蔵山」行きも、明日・明後日の天候次第では考え直さなくてはいけなくなる。天候が悪くても、必ずのように何処かへ出掛ける者は、良いとしても、遠方より仲間を連れて、やって来るまとめ役は大変であろう。展望が望めぬ山に行きたいと思うか、何が何でもその頂きを踏みたいと思うかは、各人によって違うから何ともいえない。安全第一に考えれるようになるにつれて、「山は逃げて行く!」機会が多くなるのである。決行の日まで雪は止んだとしても、車が入れない積雪を観測すると、また行けなくなるのである。



3/10 次ぎ行く山に思いを募らせている。3・4月は最高の時期であり、この時期を見逃す事は出来ない。どうか、お天気周りが良くならないかと、毎日気をもんでいる。何処の山でも良く、只お天気さえ良ければよいのである。身体は別にして、何が何でもの気分であり、モチベーションをあげている。14日は、福井からの客人達のためにも晴れて欲しいのである。



3/9 真っ黒になった顔を鏡で見ながら、昔は勲章であったのに、今は只汚いだけ! でも、シミが増えたり、皮膚がんにならないのなら、黒いのが好き!
 強力接着剤のお世話になったカンジキを、昨日大辻山で試してみた。結果はOKである。これをメーカーに売り込めばと思うくらいである。もう一つ試した事がある。それは本体に留めてあるヒモ? が外れる事に対して、(距離・体重によっても異なるのだろうと思うが=実際「山ノ神」のカンジキでは起こらないから・・・・)もう一つパーツを付けてみた。一ヶ所だから一概に述べれないが、奏効したように受け止められる。(折り返しをしなくてもよくなる。)左右のカンジキには8ヶ所(8ヶ)必要になるが、これから次の段階に入る。外れる事に長年悩んでいただけに、これが解決すればいらぬ心配をしなくてすむ。 p.m.11:59



3/8 ガタガタになった身体は、古い機材のように動きを止めると、すぐ錆び付いてしまうような気がするので、休日は必ず山に出掛ける。用事は平日(休日でない日)に片付け、冠婚葬祭など余程の事がない限り身体に鞭打っている。それは山を楽しむと言うより、トレーニングのように他人には映るかもしれないが、痛めつけられた身体は不思議なくらいに快い。現在の自分には、これ以上の贅沢はない。
 昨日の大地山行が、余程疲れたのか「山ノ神」は起きて来なかった。私は、HPのやり残しがあったので、午前6時過ぎに起きたが、まだ行き先が決まっていない。決まらないまま、幾つかの候補を頭に入れながら、立山・上市方面へ車を走らせたのが、午前9時40分。だんだん良くなるような予報に反して「国少の家」に着いた頃には、小雨が顔にあたった。何処まで行けるかの思いに歩き始めたのが、午前11時10分。圧雪状態の林道を、今日も歩ける喜びを分ち合いながらのつもりであったが、「山ノ神」のペースがあがらない。登山口発が午後1時、登り始めて10~20分程でトレースがなくなる。しかし、重たい雪だが締まっていて歩き難くはなかった。だんだんと良くなる空模様に吸い込まれるように、山頂に向かうのは、何の躊躇いもなかった。すぐ下山すれば良いものを、思わぬ絶景に1時間以上山頂に滞在し、午後4時半を軽く回っていた。そこまではまだ許せるとしても、過日「山ノ神」に誕生日プレゼントとして渡した小さなデジカメが面白くなったのかわからないが、「写らないよ!」と言っても、夕日、スキー場の照明、夜景などを撮り続けたために、「国少の家」に戻ったのは、真っ暗な午後7時を回ってしまっていた。



3/7 良いお天気に恵まれた大地・初雪山行は、日頃私に温情をかけてくださる有志の方々が所用がある事をしっていたし、こちらから積極的に募る事無く、久し振りに「山ノ神」と二人だけの山行となった。相ノ又トンネルを抜けてすぐ斜面に取付いた時点で、家のテーブルの上に緯度経度を印刷した地形図を忘れてきた事に気が付き、そのトレースに従った。急斜面を駆け上がり「くろべ平」から杉林を抜け稜線に抜ける一般的なルートと違い、西よりの尾根を伝い直接621mのピークに行くものであった。前日我らの勇士・長勢君が辿ったと思われるルートである。430mあたりから展望が開け、杉林のルートと比べものにならないほどであるが、何せ急登であり、「山ノ神」が音をあげてしまった。稜線に出てからは、昨日付けられた「遊歩道?」に従い、初雪山や剱岳をずーっと眺めながらの登高となった。(二人で撮った画像は合わせて330枚)全く雲もない広々とした大地山頂は、留まる事も出来ないほどの強風が吹き荒れていた。そして、トレースどころか、昨日掘られたと思われる穴共々跡形なく消されてしまっていた。大地山頂到着が午前11時前であったが、初雪山往復には時間が足りず、予定通り「チョット先」まで、出かけるつもりであったが、30分くらい経過時点で、強風が行く手を阻んだ。雪面に刺そうとするストックが、風に流されて思うようにならないほどの雪煙付きの強風であった。協議の結果、「山ノ神」が大地に戻り、私がもうしばらく先に行く事になったのだが、その時 「飲み物をくれ」と言うのである。私は水物を担いでいたし、山ノ神が食料一般を担いでいたのだが、その時点でリックを開いたら、何もかもが、強風に持っていかれそうであったので、「拒否」をし、風除けを造るのにエンピ(スコップ)だけを渡した。私はもう少し写真を撮りたかったから、風に吹き飛ばされそうになりながら、悪戦苦闘し1223mまで進んだ。凍り付いてしまったような顔をしながら、腹をすかして戻った大地山頂では、身体がすっぽり入るくらいの縦穴が掘られていて、ようやく落ち着く事が出来た。しかし、「山ノ神」にしてみれば、「大地から初雪山を眺めながらいい気分におれたが、肝心のアルコール類がなくつまらなかった。」と言うのである、それもそのはず、コンロも私が担いでいたのだからしょうがなかった。ブリザードのような大地から一度下ると、雪が腐っており、「山ノ神」の足運びが極端に悪くなってしまった。「暗くなる」の一言から、またいつもの通り二人の会話がなくなってしまった。ダム駐車場着いたのが、午後6時になってしまったが、戻れて良かったと思った。家に戻ってから、今度は私の撮った画像がPCに取り込めなく、2時間ほどアタフタしてしまったのである。



3/6 今日は大地山に3パーティー10人くらい登られたようである。そして、お天気が良かったから最高の気分になられたようである。先を越されても、大地や初雪山を堪能された事を思うと、嫉妬もせず、不思議なくらいに嬉しくなってしまう。尾田さんや長勢君が立たれた山頂から、チョットだけ先に行けたらと思っているが、トーレスがあるというものの、気温の上昇でゴボったらお手上げである。明日はもう4回目の挑戦となる「山ノ神」は、登れないと言っていた事がウソのようである。そうなると、初雪山への稜線を少しでも歩かせてやろうと思う事が、後々アダとなり、またまた聖域が狭められていくような気がしてならない。でも、持久力があっても、臆病の固まりのようである限り、そんな事はないであろう。 p.m.11:55



3/5 ここ2~3年カンジキで悩んでいる。魚津の浜秀さんのHPでも取り上げられた事があるが、ワッカと出刃を留めてあるビーズがすぐ壊れたり、出刃自体が曲がったりしてしまう。年初めの購入した物が五代目となる。今回は出刃の部分がしっかりしていて、外れたり、曲がったりしないように思われるが、バンドが如何せんすぐ緩んでしまう。(それは違ったバンドを装着すれば補える気がするが・・・。)先の出刃が曲がったり、壊れたりしたものをコージツに持ち込んで、修理に出したが、また壊れてしまった。DYIで同サイズのビーズを買いしっかり留めたのであるが、不安で鉄工所をやっている友人に溶接を頼んでみた。アルミの溶接は専門が違うと悩んでいたが、仲間に尋ねてみてやると快諾してくれた。後の報告によると、出刃はアルミではなかったようである。友人は、悩んだ挙げ句、強力接着剤で留めたという。そして、チョットの事で外れたりしないという。行程の長い山行には、やはり恐ろしくて試すのには躊躇してしまうが、早く何処かで試してみたい。 p.m.11:40



3/4 2/20の八乙女山に同行してくれ雪上レストランで、イカ墨のスパゲティを、ご馳走してくれた堀シェフからハガキが届いた。彼からの便りは面白いからすぐ紹介したくなる。

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   元ちゃん、ハガキどうもありがとうございました。八乙女山行、本当に楽しかったね。さん時間の宴会もたん時間に感じられるという、何とも恐ろしい山岳会であります。(あまりお酒が進まなかった方もおられて申し訳なかったかなと思っています。)
 はたからみたら、あんな寒い所で、よくやるなというか、あきらかに一線を隔した人種に見られることは、疑いのないところであります。(染まりゆく自分がこわい)天候も、時折り晴れ間があって、乙女ならではのチラリズム、十分に堪能させて頂きました。頂上らしき所にあったのは、標識ではなく、ひらり、恥らうかのように、赤い布切れ一斤、さすがは、乙女であります。何か見つけてしまってゴメンネっていうか、変なエロチズムまで感じてしまいました。(向かいのは、この赤を見て、興奮するのでしょうか?)  (ここだけの話、小生は、飯島愛のティーバックを想像してしまいました。・・・・・・ウッ~、悲しい!)
 でも、呉西方面の山は、峡谷が美しく、人里の温もりが感じられる所が良い所ですよね。本当にありがとうございました。またいろんな所を紹介してください。よろしくお願いします。

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 ステキな挿絵をお見せ出来ないのが残念です。「ここだけの話」を無視して、載せてしまいました。シェフ許せ! p.m.3:35



3/3 私のHPの容量が40MBになった。現在20MB(以前は5MB)まで無料なので、その倍を使っている事になる。鮮明さに欠けても出来るだけ画像を小さくして、その雰囲気だけを伝えればなどと思ってきたし、もう少し容量を増やしたところで、すぐに私の懐に支障を来たす事も無いのであるが、当面の目標が40MBだったので、何か対策を考えなくては「山ノ神」に申し訳がたたないのである。この先、CGIや動画などを載せるとなると、益々その負担が大になる。1、古い資料を削除する。2、無料のHPに移転する。(広告が付く。)3、画像を少なくする。4重複するものは載せないなど方法はあろうが、自分の記録がなくなる。アドレスが変わるなどの欠点がある。費用が安くて、容量を多く使う事が出来るプロバイダーがあるらしいが、接続に時間を要したりする事もあるらしいのでなかなか踏み切れない。この機会にチョピリ「ズル」をするのも一つの手段なのだが、また皆さんに心配をかけてしまう事になりかねない。 p.m.4:05



3/2 来週の予定を大地・初雪山としたら、「山ノ神」があまりいい顔をしない。それは自分が行けない山だと思っているからである。大地さえも3年前までは登れない山としていたし、大猫山などもその聖域に入っていた。邪魔されたくないという気持ちと、無理しても連れて行ってやりたいという気持ちが交差するのであるが、ロングコースだけに、もうチョット条件が整わなければいけないようである。実際、私自身このような条件下では、大地の先はとても行けないであろう。悪天でなければ、大地止まりでも良いから、出かけなければ宿題を忘れたような感じである。最近は独りで出かける事を非常に嫌がる。2週も続くとお冠である。置いてきぼりにされるからか、それとも私の体力の衰えを察知しているのかもしれないが、山や海が「彼女」と表現されるように、一種の「浮気」と感じているようである。さて、その休日は、一日目がチョッピリ「晴れマーク」が覗いているが、翌日は雨。そして気温は高いのである。また、前日まで雪マークが続いている。「雨(雪)降れ!」と呪われるのと、一緒に出掛けるのと、どちらがいいのだろうか、これから連日空を見ながら思案のところである。 p.m.10:40



3/1 昨日もチョッピリ、へまをやってしまった。雪洞掘りの画像を撮ろうとした矢先にダイビングした形になり、またしてもデジカメが雪の中に・・・。今度はしっかり首から吊るしていたし、何が何でも離さなかった。しかし、レンズに雪が付着し、降雪の中、充分に水分を取り除けなかった事から、家に帰ってPCで画像を見たら悲惨なものであった。雪洞の中で、山のよもやま話も楽しいのであるが、やはりピークに立ちたいのが常である。来週の二日間とも大地・初雪山方面に突入したい気持ちでいっぱいである。最近は剱岳より大地・初雪山の方が好きになったような気がすると、山の友にメールを送ったように、何度行っても良いのである。頂きに立つだけでその満足感が漂って来るし、あの山容、またその頂きからの展望は、あの標高にして何処にもないアルペン的な風格を備えているからであろうか・・・。毎週でも行きたい。毎日でも・・・。大地にも初雪山にも煩い小枝が無い時がいい。 p.m.7:45