11/30 明日からお天気が悪くなる。そして、明後日からは気温が下がり、週末には平野部でも雪になる予報である。明日明後日は、私達の連休であるが、予報はさっぱりで、終日雨の予報である。でも、何処か歩かなくてはが、我々のライフスタイル。

 当然、低山であるが、五箇山周辺の山に出掛けるつもりである。もしかしたら、明後日は、降雪に見舞われるような気がしないでもない。でも、粛々と濡れた落葉を踏みしめながら初冬の山を味わってきたいと思っている。明日は、粋に感じてくれる猛者が援軍としてくれる。



11/29 町内の強さんから、私のHPがPCでは見えるが、タブレットでは文字化けすると指摘された。カウンターの推移が芳しくないのは、そのせいもあるのかと、妙に頷いてしまったが、そればかりでない事は重々分かっている。怠慢・マンネリなど、心当たりが多くある。でも、プラウザの関係かとも思ったりしている。

 「元さん」 から 「元じい」 へは、なかなか踏ん切りが付かないし、「もう、そろそろ・・・」 と思ってしまう。止めたら、どんなに楽かと思う反面、人生の1/5も続けてきた事を止めるのであるから、ライフスタイルが壊れてしまい、生活自体が可笑しくなる不安が付きまとう。無難なのは、もう少し続けるという事であろう。



11/28 今日のメーンページの写真は、母が亡くなって初めての山行であった。11/21に亡くなって、12/3に出掛けたのであるから、12日目か13日目という事になる。何ともないと言いながら、やっぱり人目が気になったのだろうか、夜の内に準備をし、出掛けるだけ(車に乗るだけ)にしていたように思う。

 信仰心の薄い私であったが、月参りの住職に、何気なくその事を告げ、「山はいいんですよ!」 の言葉を引き出し、胸を撫で下ろした事を覚えている。「そうだ!フラフラ遊びに行くのと違うんだ!」 と自分に言い聞かせていたかもしれない。同じ月に父を亡くして20年。母は12年になる。



11/27 年賀状の時期になった。今からやっておれば、後々楽なのであるが、なかなか事が運ばない。この時期になると、「今年の山行はどうだったのか?」 と振り返る。日頃は不満炸裂であるが、欲には切りがなく、この環境下では、”まあま”あではなかったかなと思えるのである。

 「大猫山・猫又山や赤谷山などに行けなかった。」 との思いは強く悔しいのであるが、大地へ無理矢理でも3回行けた。雪中キャンプも出来たのであるから、「何を欲張りな!」 と言われそうである。そして、鳥取・岡山や福島・山梨へも行けたではないか・・・

 この先、陽が短くなり、行事(忘年会)が続いたりして、思うような事は出来ないが、最終予定日の12/22まで、後6回のチャンスがある。どんなに簡単な、また低い山であっても、大事に登りたいと思っている。



11/26 鏡を見ると、凄いシワに無くなった髪の毛、如何にも歳取った顔である。髪の毛は諦めても、もうちょっと、ふっくらしていたら、張り切って、シワシワが無くなるのではと思うが、老いる速度は、否応なしに加速を増すようである。

 「元気だね!」のお世辞に、ちょっとはニッコリするのであるが、イヤイヤ探せば、あそこもこちらも都合が悪い。唯のやせ我慢に過ぎない。逆に、「歳取ったね!」 「衰えたね。」 などと言われれば、分かっていてもショックを受けて、ヘナヘナになるのであろうから、見栄えだけでも良くしておかなくてはいけないのかもしれない。

 そのような体力、そして、半分ボケ掛かっているのに、「あれもせよ!これもせよ!」 とお世話が回って来る。自信が無いのに受けて良いものか悩んでしまうが、「言われている間が花。」 と聴くこともあるし、「少しくらい他人様の為にしなければ・・」 などと、鞭打つこの頃である。



11/25 「今日は雨だ!」 そんな事を思うと、ピーカンとはいかなかったが、立木の間からとは言え、ずっと、山々を眺められ、「北ちゃん」と一緒出来た昨日の大倉山行は、とても良かったと思わずにはいられない。

 ちょっと、気温が下がれば、山は、間違いなく雪である。それが繰り返され、かなりの積雪を見るまでは、低山思考の私にしてみれば、厄介な頃となる。でも、行くのだから、「やっぱり可笑しな人」 なのかもしれない。



11/24 「北ちゃん」と私達の3人となった大倉山。ナメコは終焉を迎えていたし、雪量は思いの外少なかった。(最深で30cmくらい) でも、ずっと話していたし、ブッシュ越しとは言え、山並みは気持ちの良いほどすっきり見えた。

 近況や来週の忘年会の事、メンバーの事、ナメコの事など、次から次へと切れ間なく話が続いた。ずっと、会ってなかった事がウソのようであった。今回の大倉山は、今年3回目で、通算26回目。でも、今の家庭環境からして、目標の50回へは、なかなか厳しい。



11/23 明日は、いろいろあって、「北ちゃん」と大倉山に行く事になった。お互いの行き先を曲げて妥協の山行となるが、何故か心はワクワクしている。同じ好山病の仲間で有りながら、1月の赤谷の頭、2月の金剛堂山、7月の白木峰以来の一緒出来る山行となるが、やっぱり、思うようにならないのが人生のようである。思い切り喋りたい。



11/22 今週は何となく慌ただしかった。15日は父の祥月命日、16日17日は休日だったから山へ。20日は結婚記念日。21日は母の祥月命日。、その間、19日~21日まで埼玉の姉が来高。そして、今日からムコ殿の来高。(24日まで。)何もしないと言っても気忙しい。でも、人が来るのは、集まるのは楽しいし嬉しい。



11/21 私には関係ないが、今度の三連休はお天気のようだ。私は、最後の日(11/24勤労感謝の日の振替休日)が休日となるから、日頃一緒出来ない方々との山行を描いているが、まだ、何らアクションを起こしていない。そして、日頃一緒出来ない方々と言っても、最近は、一緒する事が少ないだけに、皆が対象である。さて、何処へ行こうか?



11/20 今日は37回目の結婚記念日。先だって、てるてる亭で、「志の輔の落語」 を聴きに行ったのがその記念であって、今日は特別催促をされなかった。当日は、居酒屋もなどに寄って、それなりのサービスをしたつもりであったからかもしれない。それにしても、長い間、よくもっているものだ!



11/19 先日、東京の姪にナメコを送った際、「ナメコの天ぷら」 なるレシピを知らされた。今まで、そのような手法を考えてもみなかった事もあり、恐る恐る(でもないが・・)やってみる事になった。「最高!」 と言っていた姪の言葉通り、「肉厚でジューシー」 な味に、我々も絶賛! 唯、油の汚れが大きいとか・・・



11/18 ああやこうやと言いながら、結果的には、2日間の休日は、私的には予定通りに過ごす事が出来た。どんな低山であろうが、山に行けるのであるから、喜ばなくてはいけない。百名山・二百名山・三百名山や百高山、越中の百山や富山の百名山など、拘れば幾つもある。

 それは、指標であり、目標(お手本)であるにしかないと思っているが、それを目指せる人は、周辺の環境が整っているからであって、本当に喜ばしい人達なのである。そして、目標をもっている方々は元気である。

 私は、それを羨ましがっても仕方がないと思っているから、自分なりの小さな目標を立てている。それは、自慢出来るようなものではないが、淡い淡い自分だけの目標である。それが達成されたからどういうものではない。唯、「一日でも、一回でも多く山に接することが出来ればいい。」 というくらいのものである。健康には自信はないが、長く歩けれれば、それ以上の事はないような気がする。



11/17 臥せっている娘が気になりながらも、孫達を保育所に送ってから、「鋲岳・烏帽子山」 に向かった。ちょっと、出遅れた感があったからかもしれないが、車は思っていたより、スムーズに流れ、嘉例沢森林公園を午前10時15分にスタート出来たのである。

 私の今日の目的は、ナメコ採りではなく、鋲岳と烏帽子山の山頂に立つ事にあった。標高900m辺りから雪が現れ、1000m付近からは、本格的な積雪となっていた。前日のものであろうか、トレースがあり、迷う事などないのであるが、少ないとは故、雪の山であるから、気が引き締まる思いであった。

 前衛峰から山頂までの間の展望②で「山ノ神」は、時間的な事もあり待機を告げる。またかの思いがあったが、また、日没になっても困ると思い、炊事用具を置いて、私だけが山頂に至った。拘る事がないのかもしれないが、出来れば山頂に達したいが私の思いであり拘りでもある。

 一人だけの山頂は寂しい事もあるが、また違った意味で満足感が漂ってくるのであるから不思議である。「山ノ神」が待機する場所に戻り、カップ麺とコーヒーを頂いて、来た道を辿るのであるが、思いのほかナメコが無く、ちょっぴり寂しさを感じたが、私にしてみれば、昨日の大収穫があり、雨に見舞わなければとの思いだけであった。

 予報を覆し、小雨・小雪は気にならないほどであったし、幸運に恵まれたとしか思えないほどであった。しかし、8号線に入った頃からは、風雨が強くなり雷も伴った。



11/16 日曜日は、自由の日のハズであったが、午後からの行事と、娘の発熱もあって、ちょっと出掛けにくかった。でも、「私がいても、どうしようもない。」 などと、私一人山へ出掛ける事になった。「もう、どうしようもない。」 「病気になるよりはまし。」 なる事が定着しているだけに、「お昼前には戻る。」 と言って出掛けたのである。

 「何処に行くか?」 と考えたが、まだ8回しか登っていない夫婦山とした。(10回以上を目指しているから・・) もちろん、車で往復2時間。山中も2時間くらいをみておれば楽々行けるのではの思いがあったからに他ならない。

 しかし、またまたナメコである。しかも、大物、そして、プリンプリンであるから、放って立ち去るわけにはいかない。一人では、過去一番の収穫であった。でれでも、女峰・男峰に達し、山頂の男峰では、それなりの時間を費やして下山をした。

 高岡に戻ったのは、午前11時前であったから、充分に余裕があった。ナメコ処理をし、簡単な食事をして、紅葉で賑わう古城公園を経由して高岡駅に向かった。娘が用意してくれた立川志の輔の落語を聞きに、富山へ向かうためである。



11/15 今日は、父の祥月命日である。平成6年であるから、20年経った事になる。日頃、信仰心の薄い私であっても、生前中の父の事や、現在の自分のやっている事など、この時ばかりは、いろいろと考え込んでしまう。「何をやっているのだ!」 との自己嫌悪になるのである。

 「天井に向かって、ツバしているようなものだ!」 が、今になって効いてくる。いい加減にしていた事が、全て身に掛かって来るのである。それを、また、子供達に言って、煙たがられている。本当に順繰りである。



11/14 寒い日が続く今日この頃、どうしても身体が丸くなり、動きが鈍くなりがち。暇な時間が多くなると、卑しさも手伝い「何か食べる物がないか?」 となり、悪循環そのものである。

 背をピンと張り、何事も嫌がらず、サッと動く事に心掛けているものの、「他人様からは、どのように映っているのだろうか?」 と心配なのも事実である。テレビの画像や、近くを歩く同年配の姿を見るに付け、はつらつと歩かれる方もあれば、腰を曲げたり、足を引き摺っておられる方も見掛ける。

 スーパーマンや、天狗さまのようにならなくてもいいが、他人様ほどに、いや、ちょっとだけ他人様より、元気でありたいと思っている。週一程度の山歩きと、早朝に行っている軽い運動だけでは、鍛えているには、程遠いかもしれないから、もうちょっと、何かをしなければいけないのだろう。

 それよりも、暴飲暴食を改めれば、もっと健康になるのは受け合いなのだが、欲というのか、卑しいと言えばいいのか、なかなか難しい。だから、週に一度は、ハードな運動という事になるが、時間制限の中、そして、「山ノ神」の同行など、必ずしも思うような事が出来ないでいる。ならば、余計な物を担いで、負荷を掛けるしかないとなる。



11/13 元来、私はキノコに興味がなかった。ずっと、以前、「ブナハリ」 なるキノコを教えてもらったが、白く、しかも、きれいで香りが良かった。しかし、そんなに小躍りするような美味しいものでもなかった。それ以来、見付けても採る事は殆どなかった。

 さて、ナメコであるが、山仲間と一緒するに付け、だんだんと身に付いて来たような気がする。それでも、きれいな物、そして、はっきりと、ナメコであると確認出来る物しか採らないでいる。贅沢な採り方である。そうでなければ、毎回、ザックいっぱいにして歩かなくてはいけないではないか・・・

 他人様にあげるのにも気を使った。好きかキライかも分からないし、その旨を打診してからにした。しかも、「毒味していますから安心です。」 とまで付け加えた。だからかもしれないが、今では、相当の信用?を得、楽しみにして待っていてくれる人達まで出来たのである。



11/12 この時期、山に出掛けると、どうしてもナメコ採りに精出してしまう。我が家は、毎日どころか、毎食ナメコが出て来る。春の山菜に負けじと出て来るのには、閉口せざるを得ない。でも、せっせと胃の中に流し込んでいる。

 そんな折、東京に住む姪に、「天然ナメコはいらんかね!」 とメールを送ると、「食べたことない。興味ある。」 との返事が来た。早速送ると、「天ぷらにした。」 との画像付きのメールが来た。そして、「最高!」 の言葉が送られてきた。

 以前、ススダケを送ったら、オーブンで、カラカラにして食べたという。「洋風アスパラみたいで美味しかった。」 との感想だっただけに、あの家族は特別なのだと思ってみたが、でも、我が家でも、やってみようかと思うに至った。

 「明日は、生姜を効かせて、なめこドンブリを作ってみます!」 とも言ってくれた姪であるが、喜んでもらえるのなら、今度は何を送ろうかと思ってしまう。でも、来年の山菜時期まで待ってて下さい。



11/11 春の山菜もそうであるが、今が旬のナメコを、「誰の為に採っているのか?」 と思う時がある。しかし、「大好きです。」 とか、「美味しかった。」 とかの言葉や、お礼の言葉を聞くと、いっぺんに、そのような事を忘れてしまう。

 お山のてっぺんに登らないでの山菜採りや、キノコ採り(私の場合は、ナメコ採りぐらいであるが・・)には、些かの注文を付けてしまうが、お山のてっぺんに立つ事が出来、尚且つ、収穫があるのは、この上もない喜びである。

 独り占めしないで、他人様と喜びを分かち合う。その心でもある。「ニコニコする。」 「笑い会う。」 平和の原点である。しかし、我が家の中では、そのような教科書通りには、なかなかいかないのである。「忍耐は苦し、その実は甘い。」



11/10 4時過ぎに起きて、月や星が輝くのを見るに付け、今日の大熊山からの大展望を期待したが、河原氏と出会い登山口に到着した頃には、降らなければ良いに変わった。時々、晴れ間が覗くのではないかと期待を持たせてくれたが、いつもの通り、降りる頃、また、降りてから良くなるパターンとなった。

 それでも、同氏とたくさん話せたし、何よりもナメコ採りに終始する事になり、それはそれで、楽しいものとなった。以前、採ったナメコも、自宅消費、そして、お裾分けした事もあり、在庫?がなくなっていたから、剱岳を含めた展望がなかっても、たくさん歩いた事と共に良かったになった。



11/9 明朝は解禁となる。保育参観とやらで、母親がタッチするので保育所の送りは免除される。今降っている雨が、明朝には上がると信じて、山行を計画する事になる。朝立ちが出来れば、保育所への迎えは、そう苦にならない。剱岳を拝める事が出来るだろうか?



11/8 先延ばしにしていた当欄。やらなくちゃやらなくちゃと思いながら、日にちが過ぎていった。書き込んでいたものもあったが、UPしないで削除してしまった。HPと全く関係ないのであるが、一行日記も3週間滞っていた。やる気のない時は、無理する事ないも思えば気が楽である。

 寒くなって、ファンヒータを出すに至った。高所は既に雪である。私の行ける所には、これからであるが、積もり始めは結構辛い。衣服が、ビショビショになってしまうからである。だんだんと行動範囲が狭められていくが、歩けるだけ、行けるだけ幸せである。



11/1 最近の自分は、、「ちょっと・・」 と思うくらい、食べ過ぎ・飲み過ぎである。この先は、危うい事間違いない。だから、雨が降ろうが、休日は歩かなければならないのです。11/3は、低温、そして、荒れる予報なのですが、台風の時でさえ出掛けるのですから、この程度の気象では、出掛けないわけがない。近間の低山なのですから・・・