5/31 福井の熟女達に大笠山を誘ってもらったが、時間的にはとても無理。仮に無理を通して、私だけが参加しても、行動を共にする事が出来ない。それでは、意味がないような気がする。大笠山は、時間的制約がない時から、なかなか出掛ける機会がなかった。2~3回行った記憶があるが、もう10年は行っていないような気がする。その要因の一つに、「山ノ神」が、あの梯子を見て、「私が行くところでは無い。」 決め込んでいるからである。

 ブナクラ周辺の山へも、めっきり行く事が少なくなった。丸一日使える日には、「山ノ神」が拒否反応を示す。私だけが出掛けると、その報復が怖い。余程の事がない限り難しい。月曜日に出掛けるとなると、「車を置いていけ!」 となる。「迎えに来ようか!」 と言ってくれる人達もあるが、そのような事が続けば、またまた可笑しくなる事受け合い。

 明日も明後日も、山菜採りの山となるが、山頂に行くことを喜ばないのであるから困ったものだ。こうして、だんだん遠ざかっていくのかもしれない。でも、いろんな事で行けない人がおられるのだから、まだ喜んでおらなくてはいけいのだろう。



5/30 このところ、何だか自噴や地震が多く、とても不安である。そうなると、我が家の地震博士が俄然元気が出て来る。M8・5とは、神戸の震災より大きいという。唯、震源の深さが590キロと深く、事なきを得たようであるが、だから広範囲で揺れたようである。クモやハエ、ゴキブリ・ムカデを見ては、きゃーと言わざるを得ないのに、マントルが専門だけに、事この分野になると、喧しくなるのである。

 昨年の御嶽山を始め、いろいろな山で、警戒せねばならぬようになってきた。立山の地獄谷も結構危ない。「避けようがない。」 と言わざるを得ないが、行かなければ、その種の事は回避出来ると言われそう。でもね・・・・



5/29 同じ所ばかり出掛けている事もあるし、時間に余裕がない事もあるからかもしれないが、シャッターを切る機会が少なくなって来ている。もっとも、カメラにも難がある事も分かっているし、仕方がないのかもしれない。

 画像は、GPSと共に、記録の為という意味合いが強いから、それなりの役目を果たしているのであるが、後々の画像を楽しむとなれば、ちょっぴり寂しい事になる。これも、「余裕がない人生の一つ」 なのであろう。

 「カメラが重たい。」 「ザックから、いちいち取り出すのが面倒。」 というのでは、それだけの物しか撮れないのも事実。あれもこれもを満たしてくれる事など、そうそうあるものではないし、人生の道を選択するのと似ている気がする。

 それ相応の事をすればよいものを、背伸びするのは、冒険に等しい。しかし、リスクを伴うのを恐れていては、それ以上の事が出来ないし、それを避けていけば、衰退の一途である。「どれだけ何をすればよい。」 という尺度が無いにしても、常に前向きに生きていきたいものである。倒れても、前のめりでありたい。



5/28 モミジガサは香りと独特のエグミを楽しむ山菜です。 お酒にもよく合い、あったかご飯のお伴としてもかなりイケます。 アクがかなり強いので、十分にゆでてから、流水にさらしておひたしやあえものに。 削り節に醤油をかけるだけのおひたしが、シドケの味を、もっともよく引き出す食べ方だと思っています。 「アクが強すぎる」という方は、ゴマや味噌で和えると、シドケも幾分「野菜化」するようです。 胡麻は、山菜のエグミや香りを緩和する特効薬なので、覚えておけばお料理の幅が広がると思います。

 上記のような説明を大長谷のHP(たぶんそうだったと思う。)で見て、先日、「北ちゃん」から、もらった「キノシタ」 という山菜を食べるのを楽しみにしていた。(キノシタとは、別名で、もみじがさ or シドケとも言うらしい。)

 「山ノ神」に、「あのキノシタは未だか?」 と問うたら、「これがそうだ!」 と言った。ワラビでもないフキでもない不思議なものだった。たぶん、茹でかたが、ちょっと違ったような気がする。だって、最高に美味しいと言われていたのだから・・・・



5/27 何もかも心配だが、開き直って生きるのが一番のようだ。他人様に迷惑を掛けないで、ちょっとは、貢献を頭の中に入れておけば、それで良いような気がする。もちろん、病気やケガをすれば、家族どころか、世の中の人々に迷惑を掛ける事になるのだから、その罪滅ぼしに、何か良い事を、チョッピリやらなければ申し訳ないのである。

 山に登れば調子が良い。常々言っている「山の空気」が合っているからであろうか? それとも、気圧が身体を軽くするのだろうか? いや、汗をたくさん掻くからであろうか? どちらにしても、私にとって、”妙薬” になっている事は間違いない。



5/26 ちょっと可笑しい。(ちょっと変!) バッタリ倒れそうな気がする。運動している時は、そう感じないのであるが、何もしていない時は、血圧の数字を気にしてしまうからかもしれないが、イヤな感じがする。

 自分が選んでいる道だから、仕方がないのであるが、それはそれとして、自分なりに対処しなければならないと思うので、今日は、お酒を控え早く寝る事にする。でも、こんなに早く寝てどうなるの?



5/25 骨原のため池からの林道は、しばらく行くと、工事中のため通行止めの立て看板があった。「ここから歩いてもいいかな。」 と思って、準備をしていると、上から降りて来た車が止まり、「問題なく行けるよ!」 と優しい?助言を元に、ならばと乗り入れる事となった。

 帰りの事も心配になったが、私達自体のスタートが遅いだけに、「工事をやっている。また、工事をやる事もないだろう。」 との推測も働いた。小心者の本来の私なら、やっぱり、その指示に従ったであろうが、助言が、その気にさせてくれたのである。

 ワラビは、雪が溶けたばかりの様子で、期待した成果がなかった。しかし、日当たりの良いところでは、伸びてしまった物と、これからと思われる小さな物が混在していた。「やっぱり、ウド狙いにすれば良かった!」 と愚痴らしき事を言いながら、高峰山の稜線から、あまりはっきりはしなかったが、剱岳や大日岳などの眺めながら山頂に上がった。

 あまり歩かない「山ノ神」のハズが、欲の皮の厚さからか、山頂を越え、今一つ、ワラビ処を目指していく。やっぱり少ないのであるが、よくよく探せば、ある事はある。いつもの事であるが、ザックに荷を詰めている時は大収穫で、収穫を期待してザックに余裕をもって臨んだ時は、アゴテンを食らう事が多い。

 山頂に戻り、カップ麺を二人で分け、コーヒーだけの昼食とした。「山ノ神」は相変わらず、飲まなければ収まらないようで、今日は、500mlである。「もう飲むな!」 とは、言っても仕方がない。飲んでも良いから、自由が欲しいですが・・・

 帰りは、来る時と反対斜面を注視すると、意外や意外にも、ワラビがあるではないか・・・ (太くて長いものが!) 結果的には、まずまずの収穫で、「山ノ神」は、ご満悦のようであった。帰ってからの後始末があるが、それも楽しみの一つかもしれない。

 「山ノ神」は、それで良いとしても、私にはちょっと物足りなかった。始めから、もう一座の計画であっただけに、後の作業?で、時間がなくなってしまい「中山」を諦めて、「千石城山」へ行く事にした。

 主要道に出て、早乙女湖に降りて行く時、何処かで見たような車がやって来た。ナンバーを覚えている「山ノ神」は、「北ちゃん」と叫んだ。「北ちゃん」も同乗の田村氏と共に、「元ちゃんが来た。」と冗談に言っていたようであった。

 最近ご無沙汰で、「北ちゃん」とは、もしかしたら、2/9の塔倉山以来かもしれない。田村氏も、昨年末の忘年会以来かもしれなかった。千石城山に行くとしても、時間が迫っていたので、「近々に、好山病の懇親会をやろう。」 と約束をして別れた。それから、「キノシタ」という珍しい山菜をもらった。どのような味なのか楽しみである。



5/24 「人形山のウド、高峰山のワラビ、 どちらにしようか?」 時間制限の中、人形山では、春木山が精一杯。最近の「山ノ神」の歩きでは、それでも危うい。山頂を踏むとなれば、高峰山になりそう。高峰山なら、孫(上の孫)でも行けるような気がするが、出掛ける前になってから、声を掛けても遅そうだ!

 服とか靴に対して全くの無頓着である私は、価格などあまり知らない。だから、孫の靴の値を聞いてビックリ。山中を歩かせて、泥だらけになれば、ちょっと困るような・・・ 子供の登山靴の価格を調べれば、3,000~5,000円で買えるような感じである。今年は、一寸奮発して買ってやろうと思う。昨年、中山デビュー以来、山に興味を持っているし、虫にも大丈夫な感じである。後はサイズだけの事か・・・



5/23 明後日のお天気も大丈夫のようだ。「山頂を踏む。」 「山菜採り。」 「孫と一緒。」 どれを選択してもいいのであるが、欲深い私は迷って結論を出せないでいる。どちらにしても、低山になりそう。でも、歩けるだけでも喜ばなくては・・・・



5/22 父が亡くなって21年目。幾つもあった盆栽を枯らしてしまったが、随一サツキだけが残っている。しかし、昨年は、そのサツキも花を咲かせなかった。当たり前の事であるが、植え替えなどの作業を何一つしていなかったから、根詰まり・根腐りを起こしているものと思われる。

 今年は、それでも、花を持たせている。頑張っている間に、今年こそは、植え替えを試みようと思っている。車にぶつかられたり、酔っ払いに枝を折られたりしてきたが、一人では持ち上げられない大きな鉢であるから、生き延びていたような気がする。

 自分が大事、或いは貴重と思っていても、後に残る者から見たら、何でもないというのか、邪魔になるものもある。私は、親の物を、なかなか捨てられないでいるが、これも、私の物以上に厄介な物になる事受け合いである。そろそろ、決断しないといけない時期かも知れない。



5/21 今年は、僧ヶ岳と先日の北ノ俣岳(正確には、寺地山と北ノ俣避難小屋分岐まで)の2回アイゼンを使った。雪が堅い内はよいが、溶け出すと、ドロドロの土が着いて厄介である。そのアイゼンを、きれいに洗って油布で拭いた。(塗った。)

 長い間使っているので、結構錆び付いているし、刃も丸味をおびているような気がする。最近は、軽くて便利な物が出回っているようだが、高価だし、もうそのようなリスクが高いような所へも行けなくなっているから、今の物を大事に使いたいと思っている。

 50年前、私が、山に登り始めた頃の夏山は、X型アイゼンであった。それから、残雪期の山に出掛けるようになった頃は、6本爪、8本爪が主流で、今のように移動(大きさの調整)が出来るものでなく、ピッタリと靴に合わせるものであったかのように思う。今でも、ピカピカでツクツクの8本爪のアイゼンを大事に持っているが、靴と合わないから使いようがない。

 この頃は、10本、12本のアイゼンが多く使われているが、出刃があり、便利な時もあるが、平面を歩くような時は、逆に引っかかって歩きにくいような気がする。もう誰もが、どんな山であろうが、そのような物を使うようになっているから、「アイゼンを履いての歩き方」 などを教わる機会がないのかもしれない。ピッケルと同様、基本をマスターしておけば、イザという時に助かるような気がする。私とて同様である。



5/20 今年も、ニッコウキスゲが咲いた。一夜花だけに、ちょっぴり寂しいが、花の命は短くて・・ (林芙美子) そのものを感じる。何年も前、いや、10年以上前の事かも知れないが、秋の人形山で種を拾ったものである。

 花が終わってからの姿は、その面影もなく、まるで、イーティー(私の印象)ようで、その綻びた種を拾った(持ち帰った)のである。何年もの月日が経って咲くニッコウキスゲは、今では、我が家の風物詩となっている。





5/19 医者嫌いの「山ノ神」がようやく重い腰を上げた。周りから、やんやと言われたからか、それとも、奇怪な顔に、我慢が出来なかったのか分からないが、近所の医院に出掛けていった。打撲に間違いないが、頬が何となくずれたような感じである。

 腫れが引けば元通りになると思うが、それは分からない、以前、やっぱり滑ってお尻を強打。そのお尻が変形して、そのままであるからして、時間が経たなければ分からないのが実情。



5/18 昨日は、午前3時に出て、家に戻ったのが午後10時。ましてや、午前6時半に歩き始めて、車に戻ったのが、午後7時45分なのだから、「今日は行かない。」 と、「山ノ神」は告げた。もっとも、他に用事を見付けてあったらしいから、私の単独行となる。

 事前に分かっておれば、いろいろと考えたのであるが、諸条件を鑑み、比較的楽で短いコースを考えて見た。縄ヶ池から、高清水山に登り、帰りは林道を歩き、山菜をゲットするというものである。尚且つ、途中から高落場山に行かれればとの考えであった。

 縄ヶ池の水芭蕉は、丁度良いくらいであった。「竜ノ背中道」 と称される尾根道から、一旦林道に出て、高清水山に登った。谷筋や山頂近くに雪が残っていたが、登山道は快適そのものであった。

 下山時は、日溜まり峠を経由する林道歩きであったが、お目当ての山菜は、「タラの芽」 の他の物は見当たらなかった。お天気が下り坂と予報を入手していただけに、高落場山行きは、諦めて、ずっと、林道を歩いた。



5/17 例年、二人歩きの寺地山・北ノ俣岳は12時間を要していた。速くなる筈がないので、ちょっとでも、楽にならないかと思って、早めに家を出たが、登山口手前30分の所で、大きな壁があった。何処からどうして集めたものか分からない程の雪量。大型重機2台に、その何十倍もの雪壁が通せんぼしていたのである。

 折しも、今朝の冷え込みで、路面がツルツル。雪は氷の塊となりカチカチであった。その雪山を乗り越えようとして、「山ノ神」が転倒して顔面を強打し、なかなか起き上がれなかった。左頬が腫れ上がって、目が小さくなって見えた。でも、「きゃー」 と言った割りには、痛みは小さいようであった。

 何度も何度も、「止めようか?」 「帰ろうか?」 と言ったが、「山ノ神」は、大丈夫と言った。リスクを抱えたままの決行に、後ろめたい気持ちがあったが、様子を見ながらの行動となった。

 山頂まで、コースタイム通り6時間を設定していたが、頑張っている「山ノ神」の感情を考慮し、また、絶景を眺めながらのコーヒータイムなどが重なり、大幅な遅れとなった。しかし、稜線からの眺めは、いつもなら、時間的に失ってしまうのであるが、今日ばかりは、最後まで、その優美を消さないで、我々にプレゼントをしてくれたかのようであった。

 山頂に辿り着いた頃は、時間的にもターンしなければならなかったのであるが、見飽きない雄壮な大自然に足が留まってしまったし、頑張った「山ノ神」に通常の儀式をさせてやりたい気持ちになった。「暗くなってもいいか?」 も忘れなかったが・・・

 登山口に辿り着いたのが午後7時15分。その先に車まで30分があった。まるで足が棒のようになった。そして、お腹も空いた。早く家に戻りたかった。2時間で家に戻ったのだから、「山ノ神」も、ドキドキする助手席だったに違いない。



5/16 明日は、3年ぶりに寺地山・北ノ俣岳。予報では、朝方から晴れマークであったが、それが、お昼から、またまた、夕方からとなっても、またお日様が出ない。明日は、ピーカンの予報だが、何処まで信じて良いのか分からない。

 まあ~、日帰りで稜線に出る頃は、何度もガスに覆われた事があるから、そのようなものだと思って臨む。それよりも、山頂を踏めるかの方が心配である。今回も含めて、後2回は、山頂を踏みたいと思っているのだが・・・



5/15 1~2日くらいではダメだが、お酒を飲まなかったり、過食にならなかったり、運動をした後日は、血圧が下がる傾向にある。1日2回、血圧・体重を量ってグラフにしてみた結果であるが、体重が減れば、それも良い傾向になっているような気がする。

 話は変わるが、私が毎日続けている腕立て伏せや、腹筋運動くらいでは、筋肉モリモリにはならない事が分かってきた。そうなるためには、それ以上の事をしなければならないようだから、私には出来ないことである。でも、お腹が出ないとか、お尻の肉が、落ちないように頑張ってみようと思っている。



5/14 仕事の前に出掛ける山菜採りは、娘の出勤と孫達の面倒との兼ね合いも有り、おいそれと出掛けられない。しかし、1年に1~2回ほどの事だけに、時間内に戻って来られればと、意を決して?出掛けた。

 今日は、ワラビを標準にしたから、目的地まで小一時間掛かる。午前3時半に出掛けて、7時に戻る計画である。ガソリン代と実益を考えれば、如何なものかとなるのであるが、山菜採りとは、採るのが面白い。そして、喜ぶ人の顔を見るのも嬉しいのである。

 さて、今日の収穫はであるが、「まあまあ~」 というところか。今年は雪が多かった。しかし、急に雪解けが進んだ事もあり、ところによってはギャップが大きいような気がする。「伸びてる。」 というところがあれば、「まだ、これからだね!」 という具合。コシアブラ・ススダケなどを考えれば、6月中・下旬まで楽しめる。



5/13 ワラビやコゴミは、昆布締めもいいが醤油漬けがいい。醤油にもいろいろあるが、だし醤油に漬け、昆布を入れるとなお良い。酒飲みならずとも、いいおかずになり、ご飯が進む。あんなにたくさんあったのが、いつの間にかなくなりそうである。明朝、仕事前に採りに行こうか・・・・



5/12 私には、40代後半で東京在住の真ん丸く大きな目をした可愛い姪がいる。私は叔父であるが、ずーっと、「お兄ちゃん」と呼んでくれている。その姪に、「コゴミを食べるか?」 とメールを送ったら、「食べた事がないが、ネットで調べてみると、何故か怖い感じがする。でも、食べてみようか・」 との返事をもらい早速送ってみた。

 後日、「バター醤油&黒胡椒と白和え、他にワサビマヨ、ゴマ和え… 男の子は、なんと、こっそり生でも食していました(@_@)」 のメールに、「最初は青虫を想像してしまい おっかなびっくりでしたが、なんのなんの、今では渦渦が可愛らしい・・」 付け加えてあった。(良かった)!

 昨秋は、ナメコを送ってみた。「天然のナメコなど食べた事がないから・・」 だったが、「天ぷらが美味しかった!」 とのコメントに驚いた。そのような調理法を考えた事がなかったからである。

 その先の昨春、ススダケを送った。採ってすぐ処理をしなければならないだけに、堅くなっていないかと心配したが、「オーブンでカリカリに焼いて食べた。まるで、洋風だったか和風だったかその表現は忘れてしまったが、アスパラのようだった。」 とのコメント。

 姪家族の面白いコメントと、想像もしない調理法に、今度は何を送ろうかと思ってしまう。コシアブラ・ウドと、まだまだ山の幸がある。



5/11 「ゆっくり行くから・・」 と言っていた熟女達は、もう午前11時前に山頂へ到達していたようであった。「我々は、午後0時半頃になる。」と言っていたからであろうか、宮ちゃんが、山頂手前の急斜面まで迎えに来てくれた。

 皆さんは、食事せず、私達が来るまで、待っててくれたのである。到着するや否や、スタンバイされていた料理にスイッチは入り、見る見る内にご馳走が並んだ。洗練された彼女たちの会話に、こちらはタジタジであったが、結構話が合い楽しいものであった。

 ぜんざいやコーヒーを頂きながら、どれだけ眺めていても飽きないあの特有の山並みに、誰もが、ご満悦であった事は間違いないであろう。私も、今年3回目となった大倉山であったが、やっと、通算29回目である。50回以上登る山の候補の一座であるが、積雪期や残雪期だけでは、今の環境下としてはとても稼げない。



5/10 明日、福井から熟女5名が大倉山に来るという。そうなれば、予定を変更しても行かなければなるまい。けれど、時間制限下の私達であるだけに、一緒する事が出来ず、結局は山頂でお目に掛かるしかない。

 「また、大倉山か?」 と聞こえて来そうであるが、私としては、50回を目指せる一座だけに、毎週であっても構わない。ピーカンの予報であるが、雪も残り少なくなっている事だろう。



5/9 富士写ヶ岳や僧ヶ岳の事もと思いながら、あっという間に日が過ぎてしまった。「サボり」 であるが、縛られないという事は、なんと楽なんだろうと思わずにはいられない。しかし、「このまま・・」 では、楽な道を歩むと共に堕落が始まるようで怖い。

 ”次の目標である誕生日までは何とか続けたい。 ” それからの事は、その時に考えればいい事で、無理する事なく、自分に合ったようにすれば良いと思っている。今のところ、「休日は山へ・・」は、時間制限下でありながら皆勤である。まだ意欲は旺盛である。