10/31 寒~い。そして、今度の月・火の連休の過ごし方を迷っている。どちらにしても、山行に違いないのだが、「ああでもない・こうでもない。」 と堂々巡りになる。せっかくの2日間とも使える連休なのだからもある。その方向に考えてみよう。



10/30 この歳になると、自由に飛び回られるのは、あと僅かなような気がする。経済的や体調、そして、家庭環境など、全部揃わなければとても叶わない。それが、3日・4日、1週間などの行程となれば尚更である。財布の中身が薄くなっても、身体さえ元気なら、何とかなるような気がするが、周りの環境で、ストップが掛けられてしまう事が起こる。

 動けない人の事を思えば喜ばなくてはいけないのであるが、まだまだ人間が出来ていないので、「何で・・」 となる。自分が大丈夫でも、家人に具合の悪い人がおれば、これまたブレーキが掛かるというもの。「こんな現状でも喜ばなくては・・」 と思いつつも、孫に手が掛からなくなる頃は、自分の方がダメになっているだろうとなる。

 平日が休みの事が多い自分(達)だが、娘の休日しか出掛けられないのは、いろいろな面で窮屈になっている。「人がいっぱい。」 「休日や休日前は高くなる。」 などが付いて回る。しかし、「高速料金が安くなる。」 の恩恵もあり、差し引きは変わらないのかもしれないが・・・・  でも、長い旅行(山旅)が出来ない。でも、いつか無理を通してでも出掛けて見たい。そんな事も、そう多くはないだろうが・・・・



10/29 遠出で2座を計画し始めたら、その方面のお天気も崩れ始めた。行きも帰りも夜中の運転に出掛けから雨。それに、目的地も雨マークが入ってくれば、中止を余儀なくされる。何だかホッとする。ナメコには恵みの雨になるような気がするし、それはそれで、また違った楽しみがある。

 この先どうなるか分からないが、元々、「山ノ神」の遠出願望からの企画だっただけに、「行くなら山」としただけの事。まだ時間(日にち)があるだけに、お天気次第では、また尻を叩かれるかもしれない。私が体調不良と訴えているのを、何処まで分かっているのか不思議である。



10/28 今度の連休(11/2~11/3)は、ムコ殿がやって来るので、自由に使っても良いと、娘に言われたが、当の娘は仕事だし、必ずしも出やすい環境とも言えない。と言っても、ムコ殿は孫達の親だし、そんな時こそ、チャンスを充分に利用したら良いのではと思ったりする。

 しかし、一日目の予報が良くない。また、近県では、泊まり掛けで行く山もない。では、お天気マークを求めて、ちょっと足を伸ばすかになるが、名はあるにしても、時間や費用を掛けてまで行く値があるのかと思い悩む。

 それは、名山歩きや名所旧跡巡りなど、目的がはっきりしていれば、何の問題もないし、他人様にとやかく言われる事もない。ケチケチ旅行であろうが、豪華であろうが、そんな事はどうでもよいが、もうちょっと、時間が欲しい。でなければ、またまた、夜中に走らなければならなくなる。雨の夜はイヤだ! どちらにしても、直近でなければ決まらない。



10/27 お粥生活が始まった。昨夜は、山帰りだから、ちょっとだけ飲んだが、今日からナシ。1日3~4杯飲むコーヒーも止めてみた。止めようと思えば出来るが、やっぱり寂しい。週末に、ムコ殿がやって来るから一緒に飲みたいし、それまで、ちょっとだけでも、良い方向へ持って行きたいと思っての行動。

 でも、飲まないと、「毒」に侵されないからであろうか? 本当に身体は楽! そして、何でも出来るし、外にも行ける。食卓から、すぐ離れるのは、我が家としては、奇妙な現象であるが、その代わり何でも出来るのである。しかし、やっぱり一日も早く元の状態に戻りたい。



10/26 一年ぶりに鋲岳・烏帽子山へ出掛けた。昨年より半月ほど早かったせいもあるのだが、雪なし・なめこなしで、意外と速く山頂に達し、ゆっくりと寛ぐ事が出来た。後立山連峰の山々を楽しむ事が出来た事もあるが、なんと言っても、渇いた落葉の上を気持ちよく歩けた事が何よりであった。

 食道・胃辺りに違和感があるが、歩いている時は、随分と気が紛れし、それを忘れるくらいである。今日は、「ご飯もお酒もいらない。」 と言っていたが、やっぱり寂しく、ちょっとばかり食べたし飲んだ! 「明日から、お粥にしてくれないか?」 と頼んでみたが、面倒な顔をしたし、「まあ~、いいや!」 になってしまった。

 多分、「山ノ神」は、私の事を不死身だと思っているのだろう。その方が楽だもんね!そして、自分だけ飲んでいるのも、面白くないからかもしれない。でもね! 数日後には、ケロッとしておりますから・・・



10/25 明日の山行は何だか気が重たい。それでは、「這ってでも・・」 と言っていたのは、ウソだったのかとなる。そんな事はない、「山に登られなくなったら、半分死んだようなものだ。」 の通り、何が何でも行かなくては・・・・

 時間制限有りでは、レパートリーも限られて来る。結局同じような山となる。でも、1回1回違うのであるから、歩いてしまえば、何ということない。「同じ山へ10回」 の方へ、心が傾き始めいる。



10/24 この頃、ちょっと体調が可笑しい。お腹が空かないのである。先日の大熊山でも、菓子パン1ヶだけで、何も食べなかった。それでもお腹が空かないのだから、「とうとう来たか?」 と、悄げそうになる。でも、「そんな事くらいで負けられるか?」 の方が、今のところ強い。

 食べる量や飲む量を少し控えめにしようと思うのであるが、卑しいからか、なかなかそのようにいかない。  今夜も、飲む量を抑えたいとの思いから、器を小さくした。でも、調子に乗って、つぐ回数が増えれば元の木阿弥である。意思が弱いというのか、本当にダメな男である。



10/23 ドンドン帰宅が遅くなる娘の代役ではあるまいが、孫達の寝付きに絵本読みをせがまれる。自分の子ども達に、そのような事をあまりしなかった罪滅ぼしではないが、なるべく応じるようにしている。でも、「逃げられればなるべくしたくない。」  というダメなジジイだ。



10/22 陽希君が富山を駆け抜けて行ったようである。とても真似出来るものではないが、目標があるという事は素晴らしい事であるとの証を置いていったような気がする。どんな目標でもいいから、それに向かえるという事が、後々光り輝く事になるのだろう。

 近年、老若男女を問わず、「最近、山を始めた。」 という方々と、山でお目に掛かる事が結構ある。謙虚で初々しい方々が多くて、何となく応援したくなるのである。しかし、そのような方々は、熱心で、情熱そのものを掛けているように感じられ、私如きが、あれこれいう事もない。

 「静かな山を、ゆっくり味わえるようになれば一人前。」 などと、勝手に思っているが、なかなかそうは事が運ばない。絵や書、また歌などの心得が無いだけに、酒と語らいしかないが、そうなると独りでは覚束ない。「山を想えば人恋し 人を想えば山恋し。」 そのものである。



10/21 今年は、ナメコの様子が少し変だ。理由は分からない。同じ所に何年も付かないとも聞くが、名人達に尋ねても、「よく分からない。ちょっと何時もと違う。」の返事である。知識のない私であるが、やっぱり雨が少ない事が影響しているのではないかと思ったりしている。

 雨が降ったり、降った後に出掛けるのは、ちょっと憂鬱なのであるが、キノコにしては、恵みかもしれない。「雨を期待」 して歩いてみようか・・・・



10/20 このところ、残業が続く関係上、娘の帰宅が午後10時を回る事が多い。そんな事もあり、孫達との食卓の話題は、「山の話」になる。「楽しかったか?」 「また、行きたいか?」 などと、無理矢理返事を求められている感じで、幼い孫達には迷惑な話だと思うが、共通の話題だから、”まだまし” だと勝手に思っている。

 上の孫(ミー)は、昨年の中山、そして、今年は、白木峰・白山・先日の中山、そして、下の孫(エリー)は、白木峰と中山に登ったが、何処まで気に入ったのかは分からない。子達は気まぐれだし、親と一緒にいるのが一番に決まっている。それに、好きな物が食べられれば言う事なしなのだろう。

 だんだんと大きくなっていく孫達を、”負ぶったり抱っこ” も、しんどくなっていく。一人歩き出来るようになった時は、こちらが参っている状態になるのであろうが、口先だけでも、キャンプをしたいと言っている間に、一度はと思っている。出来ればそれが高所でありたいとの願望がある。

 車から降りてすぐの所では、ちょっと物足りないし、やっぱり、ちょっとは荷を担がせたいと思っている。キャンプだけなら、ヨレヨレになっても出来る気がするからでもある。それもこれも、元気でなければ叶わない事に間違いない。



10/19 最近、ラッシュ時に津幡江から8号線へ出る事を覚えたからであろうか、県東部の山へ出掛ける時、若干の時間短縮を感じている。それでも、大熊山のゲートとなると、午前9時半近くになる。中山の紅葉の続きを見ているような晴天に、気をよくして歩いていたのであるが、高度を上げる毎に、ガスの中へと錦絵は消えていった。

 1,250mポイント辺りからは、全く展望がない上に、登山道を覆い被さんとする木々に、「山ノ神」は疲労困憊からか、すぐに立ち止まってしまうようになる。登り3時間、降り2時間半なら、山頂に1時間滞在出来るとの計画であったが、午後1時10分過ぎに諦める事にした。

 高度は1,540m。展望もなければ、広まった所でもない。仕方なく、安全な所にコンロを設定し、またもや私だけが山頂に駆け上がる事となった。余裕時間は30分程、15分+10分と、三脚を立てて写真を撮るのに5分程度となる。60歳後半のオヤジは、まだ山頂への拘りがあり走った。

 ナメコも無く、唯、歩くだけの今回の山行に、「山ノ神」は難色を示していたが、「来なくてよい。」 と言われるのがイヤで付いてきただけに、「点滴を味わう時間だけは欲しい。」 との思いがあっただろうから、ちょうど良かったのかもしれない。そのよう余裕?時間の経過から、仁王様のような顔から、少しは穏やかな顔に戻っていたような気がした。



10/18 早く早くと言っても、家庭サービスの意味合いが強い山行となれば、運転も少し制御せざるを得ないし、準備もいろいろと時間を要してしまうから、中山登山口スタートも、午前9時をちょっぴり回っていた。でも、幼い孫たちの奮闘?もあり、前半は、普通の登山者と比べても、そう遜色がないほどであった。

 でも、シャリばてと、根気の縦続が切れては、思う通りにはいかず、途中食事をする羽目になった。でも、途中から加わってくれた周さんのテクニックに、孫達も心をくすぐられたのであろうか、少しは元気を取り戻したかのようであった。

 今日の「中山」は大景況であった。すれ違う人、追い越して行かれる人達が凄かった。そして、山頂もいっぱいであった。29回目の中山で、このような事は初めての経験であった。もっとも、お天気の悪い時や、時間のない時に訪れているのでは当たり前かもしれない。

 周さんや池田氏、そして、魚津の神谷夫妻、枡天の大将、山頂でシャッターを切ってくださった人(名前を聞くのを忘れてしまった。)など。そして、サブちゃんあきちゃんコンビとも・・・ 何と言っても、晴天で見渡す山々の紅葉と青空のコントラストは素晴らしかった。

 孫達は、また山に行くと言うだろうか? 娘は期待しきれないが、それでも、年に一回くらいはそのような気持ちにならないだろうかと思うのであるが・・・ その他の事で釣るのも如何なものかと思うし・・ まあ~、無理矢理などとは思わないから、もう少し時間が欲しいと希望を言い続けたい。

 

10/17 まだ分からないと言えばいいのか、それこそ、起きてみなければ分からないのが実情。それでも、明日は、「山に行く。」 のである。多分 「中山」 辺りになると思っている。低山であるが、皆一緒に登る事に意義が有り、身内ながら共通の想い出となるのは間違いない。

 「年に一度や二度くらいこんな事があってもいい。」 と思うのは歳なのだろうか? そんな事に関係なく、それなりに楽しめれば、それこそハッピーである。そして、あまり多くを望まないのが常套手段だと思っている。



10/16 紅葉は随分下に降りて来た感じだ。これだけ晴天が続くだけに、あちらもこちらもと山の名が上がる。「休日は山に・・」 のライフスタイルを崩すつもりはないが、特別な事をやっているわけでもないし、たまには、家族皆で出掛けるのも良いのでは無いかと思ったりしている。

 日曜日の企画だけに娘が参加しなくては意味が無い。その娘であるが、強行日帰り登山に愛想が尽きたのか、小学校の高学年辺りから、全く山に行かなくなってしまった。ところが、結婚して2年目くらいであったろうか、平成19年10月、剱岳測量100年記念・地図展2007in富山を見に単独で帰県した折、翌日天蓋山に付き合ってくれた事があった。

 上の孫(ミー6歳)は、昨年、中山でデビューを果たし、今年は白木峰と白山に登っているから、何処へ行っても大丈夫の筈。でも、下の孫(エリー3歳)は、白木峰だけしか登っていないから、何処へでもと言うわけにはいかない。

 その天蓋山・中山に、大辻山を加えた3座から選ぶ事になるが、どちらにしても、”おんぶにだっこ” を覚悟しなければならないだろう。そして、孫達が喜びそうな物も担がなければなるまい。考えて見ると、「ジジバカ」 「バババカ」 と言うしかない。



10/15 山の便りをもらうと嬉しいものである。HPやブログ、また、facebookと違った味があり、心が伝わってくるような気がする。それが、近年自分が登った山となると、その味は格別で、その事を語り合いたいくらいになる。 「山を想えば人恋し 人を想えば山恋し (百瀬慎太郎)」 そのものである。

 目標があったり、何かにのめり込んだりするのは、大小に関わらず、人生には必要な事のように思う。そして、その趣が感じ取れると 「応援したくなる。」 実際、そのように自由を見付け出して行動出来る人達は、そんなに多くはない。だから、尚更のように頑張ってもらいたい。



10/14 私(達)は、娘に甘いのかも知れない。二人暮らしをしていたところに、仕事の関係上、東京にダンナを残してやって来た娘と孫達。もう2年半になる。別居や就職先に悩んでいた娘に、「出来る事は協力する。」 と助言した事があったとは言え、彼女なりに ”自立”に拘っていたのも事実であった。

 でも、世は自分の思う通りにはいかないものである。親として、頼られれば仕方なく、それに従わざるを得ない時が多い。受け入れた者として、ある程度の覚悟があったが、ここまで山行に支障が出るとは思っていなかった。

 朝だけでも、「保育所の送りがなかったら・・」 と、いつも、ギリギリで走って出掛けていく娘に、我々の ”我” を通す気になれない。例え、我々の思い通りになったとしても、精神的に娘を追い込んでも、良い結果にならないような気がするからである。

 新幹線が出来て時間的に近くなったとは言え、経済的にも大変であろう。2ヶ月に3回くらいの割りに、父親に会える孫達を見るに付け、これが正しい親子関係なのだろうかと考えさせられる事もある。しかし、若い者達が考えての手段だったに違いないから、私(達)は見守るしかない。

 この歳になって、「自由が効かない。」 などと嘆いている自分(達)であるが、よそ様から見れば、どのように映っているのだろうか? お互い ”無いものねだり”だけに、過ぎてからの結果を判断するしかないのではなかろうか?

 「歩けるだけに歩けないもどかしさ・・・」 でも、歩けないわけではなく、その範囲内で自由にさせてもらっているのは確か。その欲深さを生かし、ずっと元気にいるのも一つの手。親の面倒を見なくてはとの思いもあっての娘の帰県。まだ、そのような状態では無いと、今は突っぱねているのであるが・・・



10/13 私は、キノコには興味が無く、ブナハリしか知らなかった。近年になって、ナメコを覚えた。それが面白く、歩きそっちのけになる事もしばしば・・・・ でも、私のナメコ採りは、きれいで可愛い物しか採らない。そして、安全性を担保とした確実性を重んじている。

 しかし、今回のナメコ採りは少々悩む事となった。「似ているけど違うかもしれない。」 という物を外した。でも、ちょっと形や色が違うし、笠の周りが切れているが、「ナメコのような気がする。」 という物を持ち帰った。

 他人様には、私達が食した物しか提供しない事にしている。さて、問題のナメコ似のキノコであるが、夕食時に、私だけが食する事になった。万が一の事を考えて、少しだけと言っていたのに、「山ノ神」は、「ちょっと食べても、たくさん食べても同じや!」 などと、人の気も知らないでの行動である。でも、やっぱり大丈夫であった。



10/12 ちょっと気になっていた「高頭山」へ行って来た。一週間は早いが、一年ぶりである。早く戻ろうと思っていたのに、時々脇に逸れるもので、山頂に辿り着いたのが正午を回ってしまっていた。簡単な食事をして降りる事になったが、寄り道をしない帰り道はやはり早い。



10/11 明日の予報はダメ。そんなのに無理して大猫山・猫又山に行く事もないであろう。ムコ殿も来ている事だし、いつもいつも、「ほったらかしも如何なものか?」 となってしまいそう。と言っても、「休日は山に・・」 のライフスタイルを変えようとは思わない。

 何処か近間の山にして、お昼過ぎに戻るようなら大丈夫だろう。そう言って、その通りに戻った事はないに等しい。でも、家で見送る事は出来るだろう。早立ちをしなくては・・・



10/10 からっきしダメになったのか、飲むとPCの前に座っても、コクリとなってしまう。従って、当コーナーも、ついつい疎かになってしまう。予報も変わってしまった。ずっと、晴れマークが続いていたのに、明日から、ちょっぴりだが傘マークが出て来た。猫又山行きもご破算になりかねない。



10/8 今日は、有志との月一の会合があった。それ程遅い帰宅では無かったが、久々に、アルコールを断つ事にしてみた。何となく寂しいが、飲まないなら飲まないなりになるものだ! ”毒 ”を避けるのであるから、良いに決まっているし、睡魔から解放される分何度も出来る。



10/7 「2日間歩いたから疲れた。」 と「山ノ神」が言う。でも、私は、それ程歩いたという気にはなれない。ちょっと、足が突っ張り、快い疲れの状態が最高だと思うのだから、もう1時間くらい多く歩きたかったが本音である。

 「唯、何となく歩いている。」 とか、「一週間に一度トレーニングジムに通っている感覚!」 と、いつも言っているが、もしかしたら、友との親交を深めたり、絶景を求めて歩く以上に、その身体を虐める感覚を求めて歩いているのかもしれない。



10/6 連休2日目は、金剛堂山としたが、今日も予報の割りには、山頂付近はガスの中であった。紅葉もくすんでいて、見応えがなかった。それでも、山頂に1時間ばかりいたであろうか、五箇山は、県東部の山々と比べれば、かなり余裕がある。

 そうなれば、欲が出て、富山の山用品店に注文してある物を取りに行こうという気になった。でも、まだ出来ていなくて、出直しとなったが、それはそれで納得のいくものであった。



10/5 久し振りに「白鳥山」に出掛けた。ピーカン予報の割りには曇りがちで、始まり掛けていた紅葉も霞んで見えた。整頓されている白鳥小屋の玄関先を借りて食事をしたが、「山ノ神」は、山小屋ノートを見入っていた。そして、何かを書き込んでいたようにも思う。

 その書き込みに感動したのだろうか、それとも、今まで何度となく小屋を利用したお礼なのであろうか、募金箱に小銭を入れていた。一礼をして山頂を離れ、時計を見ながらの下山となったが、急な金時坂があるものの、時間的にも距離的にも、ちょっと物足りなさを感じてしまった。犬ヶ岳までの余裕がないから仕方がないんだが・・・



10/4 でも、本当にそうなのである。誘われても、行けないのであるから・・・ この歳になって、喧嘩をしてまで出掛けたくないし、後々、「地獄」が待っているのであるから、やっぱり我慢するしかないのかもしれない。

 断ってばかりいては、次の誘いがないというもの。これは実に寂しい! こうして、だんだんと、行動範囲が狭められてしまうのであろうが、元気がなくなるという事に繋がらないとも限らない。突然、「解放!」される事が、年に何度かあるにしても、直前であっては、その意気を削がれてしまいかねない。



10/3 今度の連休(10/5~10/6)は、お天気が良さそうだが、お決まりの時間しか行動出来ないようだ。そうなのだが、地団駄を踏んでも仕方がない。というものの、この歳になっても、なかなか納得がいかない。

 「山ノ神」に合わせて、尚且つ、娘・孫達に合わせなければならないのだから・・・・ 「歩ける事」 そうやって、山に行ける事に、感謝しなければいけないのに、ついつい 「欲が出る。」 というのか、まだまだ修行が足りないようである。



10/2 夜半の雨風は、ほんの一時だったのだろうか? 目が覚めて起きたものの、また眠ってしまった。お昼近くになって、陽が差し、予報通り台風一過のようなお天気になった。青空を見ると、未だ欲深い事もあって、精神衛生上良くない。

 そんなところへ、周さんが、穂高岳への山行を一緒した山下君を連れてやって来た。facebookで二人の活躍を承知していたが、生で聞くとなると、また違った感覚で楽しめるというもの。そして、親子ほど違う年齢差を感じさせない二人の息が合う姿、また、遠く離れていても親交を育んでいる様子を伺い羨ましさを感じてしまった。「山ノ神」などは、「若くて、いい男」 に翻弄されてしまったのか、奥に引っ込んで出て来なかった。



10/1 「次ぎ行く山は何処?」 一度独り歩きをやってしまうと、その感覚がそう思わせるのか、「自由に歩きたい。」 また、「同じような歩きをする人と歩きたい。」 などと欲に駆られる。そんな思いも 「一喝」 されて消えてしまう もどかしさ・・・

 紅葉、そして、ナメコ採りなどの季節である。お天気なら、何をしても楽しい。ずっと、歩き通してもいい。ちょっとだけ歩いて、雰囲気を楽しむのもいい。山の中にいる事しか頭にない。